生きていくことが苦しくなるときがあります。
何をしても心が晴れない、誰かといても孤独を感じる。
そんなとき、「どうして自分だけがこんなにつらいのだろう」と思ってしまうのは、きっとあなただけではありません。
今日は、そんなあなたにどうしても伝えたいことが三つあります。
どれも私自身が人生のなかで痛みや迷いを経験しながら、心の底から感じたことばかりです。
どうか少しだけ、耳を傾けていただけたら嬉しいです。

まず一つ目にお伝えしたいのは、「あなたはひとりではない」ということです。
もしかすると、「そんなのきれいごとだ」と思われるかもしれません。
確かに、人は一人で生まれ、一人で死んでいく。
家族がいない方や、誰も自分のことを気にかけてくれないと感じている方もいるでしょう。
また、逆に周囲からの支援や心配を重く感じてしまい、かえってつらくなってしまう人もいると思います。
私自身も人との関わりの中で生きています。
もちろん良い関係ばかりではありません。
ときには嫌な目で見られたり、陰口を言われたり、心が傷つくこともあります。
でも、それでも人とのつながりの中には、確かに「温かさ」も存在するのです。
生きていれば、迷いは尽きません。
「自分は生きていていいのだろうか」「生きる意味なんてあるのだろうか」と思うことが、私にもあります。
そんなとき、視聴者の方や読者の方から「心が軽くなった」「共感した」「救われた」という言葉をいただくと、私自身が救われるのです。
人を助けることで、私もまた助けられている。
だからこそ、私はあなたに伝えたい。
あなたは一人ではありません。
たとえ直接会うことがなくても、あなたと私はつながっています。
私の言葉を読んでくれている今、この瞬間も、確かにつながっているのです。
そしてそのつながりは、一方通行ではありません。
あなたが生きていることで、私が救われています。
私が発信する言葉があなたを少しでも支え、あなたの存在が私の生きる意味になる。
そうした「相互のつながり」こそが、人が生きるうえでの支えなのだと感じています。
どうか覚えていてください。
あなたは、決してひとりではありません。

二つ目にお伝えしたいのは、「どうか生きていてほしい」ということです。
人は亡くなったらどうなるのか――宗教や哲学ではさまざまな考え方があります。
天国に行く、輪廻転生する、魂が存在し続ける……。
けれども私は、死とは「無」になることだと思っています。
死んでしまえば、何も感じられないし、何も伝えられない。
喜びも、悲しみも、もう誰にも届かないのです。
もちろん、ご先祖さまに手を合わせる気持ちや、亡くなった人を思い出して感謝することはとても大切です。
でも、実際に「今を生きている人」こそが、この世界を動かし続けている。
生きていないと、誰かを支えたり、何かを残したりすることもできないのです。
生きていれば、必ず誰かとつながっています。
たとえば、あなたが水道や電気を使うだけでも、その背後にはそれを支える人たちがいます。
YouTubeの動画を見るだけでも、制作者がその再生によって支えられている。
あなたが「ただ生きている」ということ自体が、すでに誰かを助けているのです。
だからこそ、あなたにも生きていてほしい。
どんなに苦しくても、どんなに絶望していても、それでも――生きていてほしいのです。
死んでしまえば、もう何もできません。
無になってしまえば、誰かに何かを伝えることも、やり直すこともできません。
もし誰かを傷つけてしまったことがあるなら、生きてこそ、その痛みを受け止め、少しずつ償っていくことができます。
生きている限り、やり直すことができるのです。
たとえ今がどれほどつらくても、今日を乗り越えたという事実は、確かにあなたの強さの証です。
息をしている、そのこと自体が尊いことです。

最後にお伝えしたいのは、これまでの二つを包み込むような言葉です。
それは、「生きることは、誰かとつながること」ということです。
人は孤独の中でも、誰かとつながる可能性を持っています。
そのつながりは、目に見えるものだけではありません。
本を読む、動画を見る、誰かの言葉を心に留める――それも立派なつながりです。
あなたが今この文章を読んでくれているということ。
それは、私とあなたが確かにこの世界のどこかで結ばれているという証です。
たとえ顔も知らず、声も聞いたことがなくても、心のどこかで通じ合うことはできます。
生きるとは、そうした「見えないつながり」を信じ続けることなのだと思います。
そして、つながりがある限り、人は何度でも立ち上がれる。
どうか、あなたにもう一度伝えさせてください。
あなたは、ひとりではありません。
そして、あなたには生きていてほしい。
生きている限り、誰かとつながり続けることができます。
もし今、涙が出そうになるくらいに苦しいのなら、無理をしなくていい。
立ち止まってもいい。
ただ、生きていてください。
そのことが、あなたを、私を、そして誰かを確かに救っているのです。