――抗がん剤治療中のセルフケアがもたらす力――
がん治療において、運動や食事の重要性はこれまでもたびたび話題にされてきました。
しかし、実際に抗がん剤治療を受けている患者さんの中には、「副作用でつらいのに、なぜ運動が必要なのか」と疑問に感じる方も多いのではないでしょうか。
今回は、その疑問に対する明確な答えを示すような研究が発表されました。運動と食事の工夫が、実際に抗がん剤の治療効果を高める可能性を示唆したのです。

まず、これまでの研究で分かっている運動の効果を整理してみましょう。
1つは、運動によって抗がん剤の副作用やがんに伴う症状が軽減され、生活の質(QOL)が向上すること。
これまでの臨床研究でも、運動を取り入れた患者さんの方が、倦怠感や抑うつ、睡眠障害などが軽減されるという報告があります。
もう1つは、運動によって血流が促進され、抗がん剤が腫瘍部に届きやすくなるという生理的なメカニズムです。
動物実験の段階では、運動を取り入れることで抗がん剤がより効率的にがん細胞に届き、治療効果が高まるという結果が示されています。
ただし、これまでは「実際のがん患者さん」で運動が抗がん剤の治療効果をどこまで高めるのかを直接検証した臨床試験はほとんどありませんでした。
そんな中で、2025年9月にアメリカの臨床腫瘍学雑誌『Journal of Clinical Oncology(J Clin Oncol)』に掲載された最新の研究が注目を集めています。
この研究は、アメリカのイェール大学を中心とした研究チームが実施した乳がん患者さんを対象とするランダム化比較試験です。
対象となったのは、ステージⅠ〜Ⅲの乳がんと診断され、手術前に抗がん剤治療(術前化学療法)を受ける予定の173名の女性です。
参加者は無作為に2つのグループに分けられました。
このようにして、運動と食事の習慣が抗がん剤治療にどのような影響を及ぼすのかを比較しました。

運動プログラムは、がん患者向けの国際的なガイドラインに基づいたものです。
自宅ベースで実施できる内容で、以下が推奨されました。
食事については、管理栄養士によるカウンセリングが行われ、次のような目標が設定されました。
どれも特別な制限食ではなく、健康的な生活習慣の基本に近い内容です。
研究では、治療効果を2つの指標で評価しました。
1つは「抗がん剤の相対用量強度(Relative Dose Intensity:RDI)」。
これは、予定された抗がん剤の投与量に対して、実際にどれだけの量を投与できたかを示す指標で、治療の「継続性」や「強度」を表します。RDIを高く保てるほど、治療の効果が高まり、生存率の改善にもつながるとされています。
もう1つが、「病理学的完全奏効(pathological Complete Response:pCR)」。
これは、手術によって摘出されたがん組織を顕微鏡で調べたときに、がん細胞が完全に消失している状態を意味します。抗がん剤がどれほど効果を発揮したかを示す、非常に重要な指標です。
まず、RDI(抗がん剤の投与量)については、運動・食事群と通常ケア群の間に差は見られませんでした。
つまり、運動や食事によって「より多くの抗がん剤を投与できた」というわけではなかったのです。
しかし、治療効果を示すpCRの結果は大きく異なりました。
なんと、25%も高い消失率を示したのです。
これは、運動と食事を取り入れた患者さんの方が、抗がん剤の効果をより強く受けて、がん細胞が消失しやすかったという結果を意味します。
この差は統計的にも有意であり、「抗がん剤治療中に行う生活習慣の改善」が治療効果を高める可能性を、初めて臨床試験で示した重要な成果といえます。
とはいえ、この研究はまだ「第一歩」です。
pCRはあくまで短期的な治療効果の指標であり、長期的な生存率や再発率への影響は今後の解析を待つ必要があります。
また、今回の効果はホルモン受容体陽性/HER2陰性型やトリプルネガティブ型の乳がんにおいて顕著であり、すべてのタイプの乳がんに当てはまるわけではありません。
それでも、注目すべきは「運動と食事による副作用や害が確認されなかった」という点です。
つまり、治療を妨げるリスクはなく、むしろ治療を後押しする可能性がある。これは多くの患者さんにとって大きな希望といえるでしょう。

抗がん剤治療中は、倦怠感や吐き気、食欲不振など、心身に大きな負担がかかります。
そんな中で運動を続けることは簡単ではありません。
しかし今回の研究は、「できる範囲での運動と食生活の工夫」が、治療そのものの効果を引き上げる可能性を示しました。
散歩や軽いストレッチでも構いません。
栄養バランスを意識し、野菜や果物を少し多めに摂るだけでも良いのです。
その一つひとつの積み重ねが、治療の手助けになるかもしれません。
今回のイェール大学の研究は、「運動と食事が抗がん剤治療の効果を高める可能性がある」という、がん治療の新たな視点を提示しました。
まだ今後の追跡調査が必要ではあるものの、患者さんが自ら取り組める“セルフケア”が、治療そのものを支える一助となるかもしれません。
抗がん剤治療中のつらい時期に、「自分にできること」を見つけ、少しずつ実践していく。
その努力が、治療の成果を25%も高める――。
今回の研究結果は、多くのがん患者さんにとって、まさに希望の光となるのではないでしょうか。