「ケトン食」や「ケトジェニックダイエット」という言葉を聞いたことはありませんか?
これは、炭水化物(糖質)を極端に減らして、代わりに脂肪を多くとることで、体のエネルギー源を「ブドウ糖」から「ケトン体」に切り替える食事法のことです。
もともとは難治性てんかんの治療に使われてきた食事療法ですが、最近の研究でがんの増殖を抑える可能性があるとして注目されています。
今回の記事では、世界的な科学誌「ネイチャー」に掲載された最新の研究をもとに、
「ケトン体がどのようにがんを抑えるのか?」を、わかりやすくご紹介します。

ケトン食とは、糖質を制限し、脂肪を主なエネルギー源とする食事法です。
通常の食事では、私たちの体は主にブドウ糖を使ってエネルギーを作っています。
ところが糖質を極端に減らすと、体は代わりに脂肪を分解して「ケトン体」という物質を作り、これをエネルギーとして使うようになります。
ケトン体にはいくつか種類がありますが、特に重要なのがβ-ヒドロキシ酪酸(BHB)と呼ばれるものです。
このBHBが、今回の研究で「がんを抑える鍵」として注目されました。
これまでの考え方では、「がん細胞はブドウ糖をエネルギー源として活発に増えるため、糖を減らせばがんの成長を抑えられる」と言われてきました。
つまり、糖質制限によってがん細胞の“エサ”を断つという考え方です。
しかし、今回の最新研究では、それだけでは説明できない新しい仕組みが明らかになりました。
糖質制限によって作られる「ケトン体」そのものが、がん細胞の増殖を抑える働きを持っている可能性があるというのです。
2024年5月、世界的に有名な科学雑誌「ネイチャー」に、ケトン食とがんの関係を調べた注目の研究が発表されました。
研究を行ったのは海外の大学の研究チームで、大腸がんができやすいマウスのモデルを使って実験を行いました。
実験では、2つのグループのマウスにそれぞれ違う食事を与えました。
その結果、ケトン食を食べたマウスでは腸のがんが明らかに少なかったのです。
同じ遺伝子を持つマウスであっても、食事内容によって腫瘍の発生数が大きく変わったことが確認されました。

では、なぜケトン食でがんが減ったのでしょうか?
研究チームは、ケトン食を与えたマウスの血液を詳しく調べました。
すると、ケトン食を食べたマウスでは血液中のβ-ヒドロキシ酪酸(BHB)の濃度が大きく上昇していたのです。
次に、研究者たちはマウスの腸の細胞を取り出して、試験管内(オルガノイド培養)でBHBを加えて育ててみました。
すると、BHBを加えた細胞ではがんの塊が明らかに小さくなり、増殖が抑えられていたのです。
さらに驚くことに、ケトン食を食べていないマウスにBHBだけを飲ませた場合でも、がんの発生が減少しました。
つまり、ケトン食にしなくても、BHBそのものががんの成長を抑える可能性が示されたのです。
この研究では、ヒトの腸の細胞でも同じような実験が行われました。
健康な人や大腸がんの患者さんから採取した細胞を培養し、そこにBHBを加えると、やはり細胞の増殖が抑えられたという結果が得られました。
つまり、マウスだけでなくヒトの細胞でも同じような効果が確認されたのです。
この結果は、BHBががんの増殖を直接抑える働きを持っている可能性を示しています。
これまで、糖質制限ががんに良いとされてきた理由は、「糖を減らしてがんの栄養を断つ」というものでした。
しかし今回の研究では、糖質を減らすことで作られる「ケトン体」、特にβ-ヒドロキシ酪酸(BHB)が直接がんの増殖を止める働きを持っていることが明らかになったのです。
つまり、「糖を断つこと」よりも「ケトン体を増やすこと」自体が重要かもしれないという新しい視点が示されました。
ケトン食は、脂肪をエネルギーの中心にするため、食事の制限が非常に厳しく、長期間続けるのが難しいという課題があります。
また、食生活の変化により体調を崩し、生活の質(QOL)が低下することもあります。
しかし、今回の研究では「BHBを食事とは別に摂るだけでも効果がある」可能性が示されました。
もし今後、人でも同じような結果が確認されれば、ケトン体をサプリメントや薬の形で安全に摂取することで、がん治療をサポートできるかもしれません。
BHBはもともと体の中で自然に作られる物質であり、外から摂っても比較的安全性が高いと考えられています。
今後、臨床試験(人での研究)が進めば、新しいがん治療の選択肢のひとつとして期待されています。

今回の研究は非常に興味深いものですが、まだマウスや細胞レベルでの結果にとどまっています。
人間の体はもっと複雑で、単純に同じ効果が出るとは限りません。
したがって、現時点では「ケトン食やケトン体ががんを治す」と断言することはできません。
ただし、糖質制限やケトン体ががんの進行を抑える可能性があることが科学的に示された意義はとても大きいといえます。
今後は、人を対象にした臨床試験が進むことで、安全性や有効性が明らかになっていくでしょう。
まだ研究段階ではありますが、「食事と代謝」ががんに与える影響は確実に注目されています。
無理な自己判断で極端な糖質制限を行うのは危険ですが、主治医と相談しながら、栄養バランスを考えた食生活を続けることが、がん予防や治療の助けになるかもしれません。