【がん最新治療】他人の腸内細菌(便)でがんを撃退?日本初!胃がん・食道がんに対する免疫チェックポイント阻害薬+腸内細菌叢移植の臨床試験

私たちの体の中には、数えきれないほどの細菌がすんでいます。なかでも腸の中には「腸内細菌」と呼ばれる微生物がびっしりと存在し、消化を助けたり、免疫の働きを整えたりしています。最近、この腸内細菌が「がん」と深く関わっているのではないかと注目されており、なんと「他人の腸内細菌」を移植して治療に役立てようという研究が日本でも始まりました。

今回は、そんな少し驚くような「腸内細菌の移植」によるがん治療の話題を、できるだけわかりやすく紹介します。

腸内細菌を「移植」するってどういうこと?

腸内細菌を「移植」するってどういうこと?

「移植」と聞くと、心臓や腎臓などの臓器を思い浮かべる方が多いと思います。けれど今回行われるのは、「腸内細菌の移植」です。つまり、健康な人の便の中に含まれている腸内細菌を取り出して、それを患者さんの腸に届けるという治療法です。

これは「便移植」や「腸内フローラ移植」と呼ばれています。日本ではこれまでに、慢性的な腸の病気(たとえば潰瘍性大腸炎など)に対して行われてきましたが、今回の臨床試験は「がん患者さん」を対象とした初めての試みです。

日本で始まった新しい臨床試験

2024年8月、国立がん研究センター、順天堂大学、そしてメタジェンセラピューティクスという企業が協力して、腸内細菌の移植と「免疫治療薬」を組み合わせた臨床試験を始めました。対象となるのは、手術でがんを取りきるのが難しい、または手術後に再発した胃がんや食道がんの患者さんです。

治療の流れは次のようになります。
まず、健康で感染症などのない「ドナー」と呼ばれる人から便を提供してもらいます。その便を詳しく調べて、安全であることを確認したうえで、腸内細菌だけを取り出して保存します。
次に、その腸内細菌を患者さんの腸の中に内視鏡を使って届けます。そして、その後に「免疫チェックポイント阻害薬」と呼ばれる薬を投与し、両方を組み合わせることで治療の効果が高まるかどうかを調べる、というものです。

きっかけは海外の驚くべき研究結果

この腸内細菌の移植が注目されるようになったのは、数年前に発表された海外の研究がきっかけです。2021年に世界的な科学誌『サイエンス』に、がん治療に関する二つの臨床試験の結果が掲載されました。

対象となったのは、皮膚がんの一種である「メラノーマ」の患者さんたちです。この人たちは、すでに免疫治療薬を使っても効果がなかった、いわば治療が行き詰まっていた患者さんたちでした。

そこで研究者たちは、同じ薬で治療を受けて「効果があった人」から便を採取し、その腸内細菌を効果が出なかった人に移植してみました。すると、なんと一部の患者さんで腫瘍が小さくなったのです。
一つの試験では10人中3人(約30%)、もう一つでは15人中6人(約40%)で効果が見られ、中にはがんが完全に消えた人もいたという報告もありました。

これまで治療が効かなかった人たちに効果が現れたというのは、非常に大きな発見です。がんが小さくなるだけでなく、体の中でがんと闘う免疫細胞が増えていたことも確認されました。つまり、腸内細菌の移植によって、免疫の働きが強まった可能性があるのです。

腸内細菌と免疫の深い関係

なぜ腸内細菌を変えるだけで、免疫の働きが変わるのでしょうか。

私たちの免疫は、体の外から入ってくるウイルスや細菌を見つけて攻撃する仕組みを持っています。しかし、この免疫ががん細胞に対してもうまく働くかどうかは、人によって差があります。その差の一因が「腸内環境」にあることが、最近の研究でわかってきました。

つまり、免疫治療薬がよく効く人と、まったく効かない人を比べると、腸内にいる細菌の種類やバランスが違っていたのです。
そこで、「治療が効いた人の腸内細菌を移植すれば、効かない人にも効果が出るのではないか?」という考えが生まれ、実際に試してみたところ、先ほど紹介したような成果が得られました。

食生活で腸内環境を整えることも大切

食生活で腸内環境を整えることも大切

もちろん、腸内環境を整える方法は移植だけではありません。
普段の食事を工夫することで、腸の中の環境は少しずつ良くしていくことができます。たとえば、食物繊維の多い野菜や海藻、発酵食品(ヨーグルト、納豆、味噌など)は、腸内の善玉菌を増やすのに役立ちます。
ただし、食事による改善は時間がかかるため、すでに病気が進行している場合には、腸内細菌を直接移すという方法のほうが即効性があるかもしれません。

「他人の便をもらう」ことへの抵抗感

「他人の便をもらう」と聞くと、どうしても抵抗を感じる人が多いと思います。
しかし、実際に使われるのは、きちんと検査され、安全性が確認された腸内細菌だけです。もとの便そのものを使うわけではなく、病原体や不純物は取り除かれます。
つまり「汚いものを移す」というより、「良質な細菌を受け取る」というイメージに近いのです。

この治療法はまだ研究段階にありますが、もし今後、安全で効果があると証明されれば、がん治療の新しい柱の一つになる可能性があります。

がん治療の未来に向けて

がん治療の未来に向けて

腸内細菌の研究は、ここ数年で急速に進んでいます。かつては「ただの消化を助ける存在」と思われていた腸内細菌が、今では「免疫」や「心の健康」にまで影響することがわかってきました。
がん治療の世界でも、「薬」だけでなく「腸の中の環境」を整えることで治療効果を高めるという発想が生まれています。

今回の日本での臨床試験は、まだ始まったばかりです。結果が出るまでには時間がかかりますが、これが成功すれば、がん治療の新しい可能性が大きく広がるでしょう。

がん治療というと、これまでは手術や抗がん剤、放射線治療などが中心でした。しかし、これからの時代は、「腸の中の細菌を味方につける」というまったく新しい方向からも、がんに立ち向かうことができるかもしれません。
他人の腸内細菌でがんを撃退する──そんな未来が、現実に近づきつつあります。