
「がんが自然に消えることがある」と聞くと、にわかには信じがたい話に思えるかもしれません。
しかし、世界中の医療現場から、実際にがんが治療を受けないまま小さくなったり、消えてしまったりしたという報告が少なからず寄せられています。これは「自然退縮」や「自然寛解」と呼ばれる現象です。
頻度としては非常にまれで、「奇跡」と言われることもありますが、偶然だけでは説明できない共通点も見えてきています。
がんの種類や体の状態、そして何かをきっかけに体の中で起こる変化――。
そこには、私たちがまだ十分に理解していない「体の力」が隠されているのかもしれません。
今回は、がんが自然に消えるきっかけとして報告の多い3つの出来事、「急な炎症」「検査による刺激」「感染症」を取り上げ、実際の事例とともにご紹介します。
最初のきっかけは「炎症」や「発熱」です。
人の体は、けがや病気で炎症が起きると、すぐに防御反応を働かせ、細菌や異物を排除しようとします。このとき、体内では免疫が一斉に活性化します。
ある報告では、すい臓の手術を受けた59歳の女性がいました。手術後に転移が見つかり、治療を受けることが難しい状態でしたが、術後の合併症として何度もすい臓の炎症を起こし、入退院を繰り返していました。
ところが不思議なことに、治療をしていないにもかかわらず、わきの下にあったリンパ節の腫れが少しずつ小さくなっていったのです。
その後も縮小が続き、1年後には明らかにがんが小さくなっていたといいます。
研究者は、「繰り返し起こった炎症が体の免疫を刺激し、それががんに対しても作用したのではないか」と考察しています。
高熱や炎症はつらいものですが、体の中ではそれだけ防御システムが必死に働いている証拠。もしかするとその力が、がんにも影響を及ぼすことがあるのかもしれません。

2つ目のきっかけは、がんの検査として行われる「生検(せいけん)」です。
生検とは、がんの疑いがある部分からごく一部の組織を採取し、詳しく調べる検査のこと。ごく一般的な手順ですが、これをきっかけにがんが小さくなったという報告があります。
2024年に発表された事例では、肺に影が見つかった78歳の男性がいました。
検査のために生検を行ったところ、結果はがん。しかし、翌月の再検査では、腫瘍の大きさが半分ほどに縮んでいたのです。
その後、手術で肺を切除した際には、がんの痕跡がほとんど残っていなかったといいます。
研究者は「生検によってできた小さな傷や刺激が、体の防御反応を呼び起こし、がんを攻撃するきっかけになったのではないか」と考えています。
わずかな刺激でも、体は「異変」を察知して動き出す。そんな人間の持つ力の奥深さを感じさせる報告です。
3つ目のきっかけは「感染症」です。
風邪やインフルエンザなどにかかると、体の防御システムが活発に働きます。
その働きが、がんにも影響することがあると考えられています。
2024年に発表された研究では、新型コロナウイルスに感染したあと、がんが自然に小さくなったり、消えたりした16例が報告されました。
白血病やリンパ腫などの血液のがんに多く見られましたが、腎臓や大腸にできたがんでも同じような変化があったといいます。
研究者たちは、感染によって免疫が強く働き、がんを攻撃する力が高まったのではないかと推測しています。
もちろん、感染症そのものは危険を伴うもので、意図的に起こすことはできません。
けれども、体が外敵と戦う過程で、がんに対しても防御が働くことがある。これは「人の体が持つ力」の一端を示しているのかもしれません。
この3つのほかにも、がんが自然に退縮した例はいくつか報告されています。
たとえば、輸血のあとにがんが小さくなった例や、放射線や焼灼で最初のがんを治療したところ、他の転移が同時に消えたという報告。
また、特別な薬ではなく一般的な薬やハーブ、サプリメントの摂取をきっかけにがんが小さくなったという例もあります。
さらに、がんが大きくなりすぎて血の流れが悪くなり、酸素が届かなくなって縮小したケースもあるようです。
こうした多くの報告に共通しているのは、「体の中で何らかの変化が起き、免疫の働きが高まった可能性がある」という点です。

がんの自然退縮は、まだ謎の多い現象です。
治療をしないまま消えたという報告は「奇跡」と呼ばれることもありますが、そこには確かに、私たちがもともと持っている力が関わっているように思えます。
炎症、検査の刺激、感染症――。これらはいずれも、体が外からの刺激に反応し、守るために総動員する出来事です。
その過程で免疫のスイッチが入り、がんにも影響を与えることがあるのかもしれません。
今後、このような自然退縮の事例をさらに詳しく研究することで、新しい治療法のヒントが見つかる可能性もあります。
そして、がんと向き合う人にとって「体にはまだ力が残されている」という希望を与えてくれる出来事でもあります。
私たちの体は、想像以上にたくましく、そして神秘的です。
自然退縮という不思議な現象は、ただの偶然ではなく、体の中に秘められた「治る力」の存在を教えてくれているのかもしれません。