「牛乳を飲み続けるとがんになるらしい」。
そんな話を耳にしたことがある人は多いのではないでしょうか。とくにインターネット上では、「乳製品ががんの原因だ」という主張がしばしば話題になります。今回は、牛乳とがんの関係を日本人のデータを中心に見ていきましょう。

このテーマの火付け役となったのが、イギリスのジェイン・プラント教授による著書『乳がんと牛乳:がん細胞はなぜ消えたのか?』です。プラント教授は42歳で乳がんを発症し、手術を受けたものの、リンパ節転移を何度も経験しました。そこで彼女は、自分の食生活を振り返り「乳製品が原因ではないか」と考え、牛乳・乳製品・牛肉の摂取を完全にやめたところ、再発が止まり、以後15年間がんの再発を経験しなかったと報告しています。
このエピソードは世界的に注目を集め、「牛乳=がんリスク」というイメージが広まりました。
また日本でも、1980年代に森下圭一氏が『牛乳を飲むとガンになる?』という著書を出版し、乳製品と健康リスクについて警鐘を鳴らしています。さらに、2020年には『International Journal of Epidemiology』に掲載されたアメリカの前向き研究で、牛乳摂取量が多い女性ほど乳がんリスクが約50%高いと報告されました。
こうした報告を受けて、「やっぱり牛乳は危険では?」と感じる人も少なくありません。しかし、結論はそう単純ではありません。
実際には、牛乳ががんのリスクを下げるという結果を示す研究も少なくありません。研究によって結果が食い違う理由はいくつかあります。
ここからは、日本国内の大規模研究をもとに、がんとの関係を整理してみましょう。
● 牛乳とがん全体の死亡率
2015年に『Journal of Epidemiology』で発表された研究では、約9万人の日本人を対象に、牛乳摂取とがん死亡率の関連が調査されました。その結果、
- 男性では「週に1~4回」牛乳を飲む人でがんによる死亡率が10~15%低下
- ただし、ほぼ毎日飲む人では低下効果は見られない
- 女性では有意な関連はなし
という結果でした。つまり、適度な摂取であれば悪い影響は見られなかったのです。
● 牛乳とすべての死因のリスク
2023年に『European Journal of Nutrition』に掲載された多目的コホート研究(JPHC Study)でも、9万人以上の日本人を追跡した結果、
- 男性では牛乳・チーズを多く摂る人ほどがん死亡率は変化なし
- しかし、心血管病や全死亡リスクは低下
というポジティブな結果が示されました。女性では明確な傾向は見られませんでした。
● 牛乳とすい臓がん
2022年の『British Journal of Nutrition』の研究では、日本人約6万人を対象に牛乳・チーズ・ヨーグルト摂取とすい臓がんリスクを調べましたが、明確な関連はなし。すなわち、牛乳を飲んでもすい臓がんリスクは増えなかったのです。
● 牛乳と乳がん
2017年『Breast Cancer』誌の研究では、約2万3000人の日本人女性の食事パターンを分析。「野菜パターン」「動物性食品パターン」「乳製品パターン」に分けて比較した結果、乳製品パターンと乳がん発症リスクの間に関連はなかったと報告されています。
● 牛乳と前立腺がん
ただし注意が必要なのは、前立腺がんです。2021年の『Cancer Medicine』誌に掲載された研究によると、日本人男性約2万6000人を約20年間追跡した結果、牛乳を最も多く飲むグループでは、前立腺がんのリスクが約37%高かったとされています。
これは、乳製品に含まれるカルシウムやIGF-1がホルモンバランスに影響し、がん細胞の増殖を促す可能性が指摘されています。
以上の日本人データを総合すると、
- 牛乳摂取でがん全体、乳がん、すい臓がんリスクが上がる明確な証拠はない
- ただし男性の前立腺がんでは、過剰摂取がリスク上昇と関連する可能性あり
という結論になります。
つまり、「毎日コップ何杯も」飲む必要はなく、1日200~400ml程度を目安に、食事全体のバランスを考えることが大切です。乳糖不耐症がある人はヨーグルトやチーズなど発酵乳を選ぶのも良いでしょう。
そして何より、「牛乳をやめればがんが治る」といった単純な話ではありません。がんの発症には遺伝やホルモン、生活習慣、環境要因などさまざまな要素が関わっています。牛乳だけを悪者にするのではなく、和食を中心に、塩分・脂肪・糖分を控え、適度な運動と十分な睡眠をとる――そうした総合的な生活改善こそが、がん予防の鍵となるのです。

牛乳は日本の食文化の中で比較的新しい食品ですが、骨や筋肉の健康を支える栄養源として今や欠かせない存在です。日本人の場合、がんリスクを恐れて極端に避ける必要はありません。ただし、男性は前立腺がんリスクを考えて「飲みすぎないこと」、これが現時点で最も科学的で現実的な判断といえるでしょう。
毎日のコーヒーに少し加える程度なら、むしろ心配はいりません。大切なのは、「適量・多様・調和」です。