今回は、「インフルエンザワクチンとがんの関係」についてのお話です。
毎年、秋から冬にかけて話題になるインフルエンザ。感染を防ぐためにワクチン接種を検討する方も多いと思います。外来でも「ワクチンを打ったほうがいいですか?」と聞かれることがよくあります。
特にがんの治療中の方にとっては、「体への負担はないか」「治療に悪影響が出ないか」といった不安もあるでしょう。
実は最近の研究では、インフルエンザワクチンががんの経過や生存率に良い影響をもたらすかもしれないという、ちょっと意外な結果が報告されています。
今回はその内容を、できるだけわかりやすく紹介します。

今年は例年より早くからインフルエンザの流行が始まっています。特に九州など南の地域を中心に感染者が増加し、すでに「注意報」や「警報」が出ている地域もあります。
こうした状況を受けて、がんの治療中や治療後の方も「自分はワクチンを受けてもいいのか?」と考えるタイミングかもしれません。

まず紹介したいのは、デンマークで行われた大規模な研究です。
この研究では、2万人以上のがん患者を対象に、がんの手術後にインフルエンザワクチンを受けた人と受けなかった人とで、生存率がどう違うかを調べました。
その結果、手術後6か月以内にワクチンを受けた人は、受けなかった人に比べて「すべての原因による死亡率」が約11%低下し、「がんによる死亡率」も約18%低下していたのです。
さらに、手術から30日以内にワクチンを受けた人に限って見ると、その効果はより大きく、「全体の死亡率」は約18%、「がんによる死亡率」はなんと30%も低下していました。
つまり、がんの手術後にインフルエンザワクチンを打つことで、がんに関連する死亡リスクが2〜3割も下がる可能性が示されたというわけです。
これは偶然とは言い切れない、非常に興味深い結果といえるでしょう。
次に紹介するのは、より最近の研究です。
免疫の働きを利用してがんを攻撃する「免疫チェックポイント阻害薬」という治療を受けている患者さんを対象としたものです。
この治療は、近年がん治療の世界で大きな注目を集めており、肺がんや腎臓がん、皮膚のがん(メラノーマ)などに使われています。
イタリアの複数の病院で行われたこの研究では、進行がんの患者1000人以上を調べました。
そのうち、およそ半数がインフルエンザワクチンを接種し、残り半数は接種していません。平均で約1年8か月、どのくらい生きられたかを追跡したところ、ワクチンを受けた人の生存期間の中央値は27か月(約2年3か月)。受けなかった人の21か月(約1年9か月)よりも、明らかに長くなっていました。
統計的な解析でも、インフルエンザワクチンを打っていた人は、そうでない人に比べて「すべての原因による死亡リスク」が25%も低下していたのです。
つまり、がん治療の効果を高め、生存期間を延ばす可能性があるという結果になりました。

ここまで読むと、「ワクチンってインフルエンザを防ぐためのものなのに、なぜがんにも良い影響があるの?」と不思議に思うかもしれません。
現時点では、はっきりとした理由はまだわかっていません。
ただ、専門家の間では次のような仮説が考えられています。
ワクチンを打つことで、体の免疫システム全体が活発になります。
その結果、ウイルスだけでなく、体の中に潜むがん細胞に対する「免疫の監視力」も高まるのではないか、という考えです。
また、免疫チェックポイント阻害薬のように「免疫を働かせてがんを攻撃する治療」との相性が良い可能性も指摘されています。
つまり、インフルエンザワクチンが「免疫のスイッチ」を入れることで、がんに対する体の反応も強まるのかもしれません。
もちろん、これらの研究結果はあくまで「観察研究」や「初期の臨床試験」に基づくものであり、確実に「ワクチンでがんが治る」「長生きできる」と言い切れる段階ではありません。
今後は、より厳密な条件で行われる大規模な試験によって、本当にワクチンが生存率を上げるのかを確かめる必要があります。
また、すべての人に同じような効果があるわけではありません。がんの種類や治療の内容、体の状態によっても違ってきます。
したがって、「自分の場合はどうなのか」を判断する際は、主治医と相談のうえで決めることが大切です。
今回は、「インフルエンザワクチンががん患者の生存率を上げる可能性がある」という興味深い研究を紹介しました。
いずれの研究でも、ワクチンを受けた人のほうが死亡率が下がる傾向が見られ、がんによる死亡リスクも減っていました。
理由はまだ完全には解明されていませんが、ワクチンによって免疫の働きが全体的に高まり、がんに対する防御力も強まるのではないかと考えられています。
もちろん、インフルエンザそのものを予防できるという点でも、ワクチン接種のメリットは大きいです。
がんの治療中や治療後の方でも、体調や治療スケジュールを考慮したうえで、主治医と相談して接種を検討してみる価値はあるでしょう。
季節が進み、インフルエンザの流行が本格化する前に、こうした研究結果を参考にしながら、自分にとって最適な対策を考えてみてください。
小さな一歩が、大きな健康の支えになるかもしれません。