
朝晩の空気が少しずつ冷たくなり、秋の訪れを感じる季節になりました。みなさんのお住まいの地域では、最近の気温はいかがでしょうか。日本は南北に長い国ですので、北海道のように寒さが厳しい地域もあれば、沖縄のように一年を通して温暖な地域もあります。
そんな中で、がん患者さんにとって「寒い地域」と「暖かい地域」では、どちらのほうが体に良いのでしょうか?
一見、気温とがんはあまり関係がないように思えますが、最近の研究では、「寒い環境よりも、暖かい環境のほうががんの進行を抑えられる可能性がある」という興味深いデータが報告されています。今回は、がんと気温との関係について、最新の研究結果を交えながらわかりやすく解説していきます。
これまでいくつかの実験では、がん細胞は比較的低い温度環境を好むという結果が報告されています。
たとえば、がん細胞を培養して観察すると、気温や体温が低下した状態では細胞の増殖が活性化されやすくなる、または免疫の働きが弱まるといった傾向が見られたとする報告があります。
人の体の免疫機能は、外部の温度変化に少なからず影響を受けます。寒さで体温が下がると、免疫細胞である「ナチュラルキラー細胞」などの働きが鈍くなり、体内で異常な細胞を排除する力が低下します。その結果、がん細胞が生き残りやすくなってしまう可能性があるのです。
こうしたことから、「寒いところに住むよりも、暖かいところに住んだほうが、がんの進行はゆるやかになり、生存期間が長くなるのではないか」という仮説が立てられています。
しかし、これはあくまで細胞実験や動物実験による話であり、人間において本当に同じことが言えるのかは、これまで明確にはわかっていませんでした。

人間でこの仮説を確かめるには、がん患者さんを「寒い地域」と「暖かい地域」に分けて、その後の生存率を比較する必要があります。ところが、これは倫理的にも実際的にも非常に難しい研究です。
そのため、実際の患者データを用いた「観察研究」で傾向を調べるという方法が取られています。
今年(2025年)9月に、医学雑誌『Breast Cancer Research and Treatment』に、アメリカの大規模な観察研究が報告されました。
この研究では、アメリカのがん登録データ「SEER(Surveillance, Epidemiology, and End Results)」を使用し、27万人以上のステージI〜IIIの乳がん患者を対象に解析が行われました。研究者たちは、それぞれの患者さんが住んでいる地域の年間平均気温を気象データから算出し、その温度に基づいて4つのグループに分類しました。
最も寒い地域は年間平均気温9℃未満、最も暖かい地域は17℃以上という基準です。そして、これらの地域ごとに、乳がんによる死亡率や全体の生存率を比較しました。
結果は非常に興味深いものでした。
最も寒い地域(平均気温9℃未満)に住む乳がん患者さんと比べて、最も暖かい地域(平均気温17℃以上)や次に暖かい地域(13〜17℃)に住む患者さんでは、すべての死因による死亡率が約7%低いことがわかりました。
さらに、乳がんによる死亡率も同様に、暖かい地域に住む患者さんのほうが7%低いという結果でした。
つまり、単純に言えば「暖かい地域に住むほうが、寒い地域よりも乳がんで亡くなるリスクが低い」という傾向が見られたのです。
もちろん、この研究では単に気温だけを見ているわけではありません。研究チームは、年齢・人種・居住地域(都会か田舎か)・がんの種類や進行度・治療内容・地域の教育水準など、他の多くの要因を統計的に調整しています。それでもなお、気温と生存率の間には明確な関連が見られたということです。
この結果の背景には、いくつかの要因が考えられます。
まず一つ目は、体温の維持と免疫機能です。
暖かい環境では体温が下がりにくく、免疫の働きが保たれやすいことが知られています。逆に寒い環境では、血流が悪くなり、免疫細胞が体内を効率よく巡れなくなります。
二つ目は、生活習慣の違いです。
寒い地域ではどうしても屋内で過ごす時間が長くなり、身体活動量が減る傾向があります。運動不足はがんの進行を早めるリスク要因のひとつとされています。一方、暖かい地域では屋外での活動がしやすく、結果的に体を動かす機会が多くなります。
三つ目に、日照時間も影響しているかもしれません。
太陽光を浴びることで体内で生成されるビタミンDは、免疫調整やがん抑制に関与していると考えられています。暖かい地域では日照時間が長く、ビタミンDの不足が起こりにくいのです。

とはいえ、この研究結果を「暖かい地域に引っ越せばがんが治る」と受け取るのは早計です。
研究者たちも強調しているように、今回の結果はあくまで観察研究であり、「気温そのものが生存率を改善させた」と断定することはできません。
たとえば、暖かい地域では果物や野菜を多く摂る食文化があったり、医療機関へのアクセスが良かったりする可能性もあります。
また、寒い地域に住んでいるからといって、一日中冷たい環境にさらされているわけではありません。暖房の使用状況や家の断熱性能によって、実際の生活環境の温度は大きく異なります。
つまり、重要なのは「外気温」ではなく、日常生活の中でどれだけ体を冷やさないように工夫できるかという点です。
日本国内でも地域によって気温差は大きく、年間平均気温は全国平均で約15.5℃です。
最も暖かいのは沖縄県(23.3℃)、続いて鹿児島県(18.8℃)、宮崎県(17.7℃)、長崎県(17.4℃)、高知県(17.3℃)と続きます。
一方、最も寒いのは北海道(9.2℃)で、次いで岩手県(10.6℃)、青森県(10.7℃)など、北日本の県が続きます。
このように、日本でも北と南では10℃近い気温差がありますが、たとえ寒い地域に住んでいても、室内環境を整えることで、暖かい地域と同じような快適さを実現することは可能です。
部屋の温度を適切に保つ、体を冷やさないように衣類を調整する、バランスの取れた食事と適度な運動を心がける――これらの工夫によって、免疫力を保ち、がんの進行リスクを減らすことができるかもしれません。
今回ご紹介した研究では、「暖かい地域に住む乳がん患者さんのほうが、寒い地域に住む方よりも死亡率が低い」という結果が示されました。
しかし、その理由は単純な気温の差だけではなく、生活習慣や環境の影響が複雑に関わっていると考えられます。
大切なのは、「自分の体を冷やさないようにすること」。
寒い季節には部屋の温度を快適に保ち、体を温める食事や軽い運動を取り入れる。
そうした小さな心がけが、がんの予防や再発防止、さらには健康的な生活を送るための大きな力になるのです。