今回は「新薬で進行がんが消えた?」という、まるで夢のような話題についてお伝えします。

がんの治療法は、この数年で驚くほど進化しています。昔は手術や抗がん剤、放射線が中心でしたが、最近では「免疫の力」を利用した治療法が注目されています。
その中でも「免疫チェックポイント阻害薬」と呼ばれる薬は、がん治療に大きな革命を起こしました。代表的な薬には「オプジーボ」や「キイトルーダ」があり、すでに多くの患者さんの治療に使われています。
そして今、新しい薬「ドスタルリマブ」という名前の免疫治療薬が、進行がんの患者さんで驚くべき結果を出したとして、世界中の注目を集めています。
私たちの体には、がん細胞を見つけて攻撃する免疫の仕組みがあります。
しかし、がん細胞はとてもずる賢く、免疫の攻撃を逃れるための「ブレーキ」を利用してしまうのです。
このブレーキを操作する仕組みの一つが「PD-1」と呼ばれる部分。通常、免疫細胞(T細胞)はこのPD-1というスイッチを使って、過剰な攻撃を抑えています。けれども、がん細胞はこのスイッチをうまく利用して「攻撃しないで」と偽りの信号を出すのです。
ドスタルリマブは、このブレーキのスイッチを先にふさいでしまう薬。
つまり、がん細胞が免疫を止めようとしても、それが効かなくなり、T細胞が本来の力を取り戻してがんを攻撃できるようにするのです。
このドスタルリマブは、アメリカではすでに「DNAの修復がうまくできないタイプのがん」に対して使うことが認められています。
通常、私たちの体の細胞は分裂するときにDNAを複製します。そのときにミス(エラー)が起こることがありますが、健康な細胞ではそれを修正する仕組みが働きます。
ところが、この修正の仕組みが壊れてしまっていると、DNAのエラーがどんどん積み重なり、結果としてがんができやすくなるのです。
このようなタイプのがんは「ミスマッチ修復欠損」や「MSIハイ(高頻度マイクロサテライト不安定性)」と呼ばれ、大腸がんの患者さんのうち、約5%に見られるといわれています。
ドスタルリマブは、こうしたタイプのがんに対して特に高い効果を発揮する可能性があると考えられています。

2022年にアメリカの医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に報告された研究で、ドスタルリマブの驚くべき結果が発表されました。
対象は、進行した直腸がんの患者さんで、前述のようにDNA修復の仕組みに異常があるタイプの方たち。
治療方法は、3週間ごとにドスタルリマブを投与し、これを半年間続けるというものでした。治療の後には、通常であれば放射線や抗がん剤の治療を行う予定でした。
ところが、途中経過を見たところ、治療を受けた12人全員のがんが完全に消えていたのです。
MRIや内視鏡などの検査をしても、がんがまったく見つからなかったという報告でした。
しかも、治療中に重い副作用は一人も出なかったといいます。これは、がん治療の世界では本当にめずらしいことです。
報告の中では、実際の患者さんの経過も紹介されています。
ある人の直腸がんは、治療を始めて3か月後には内視鏡で見てもまったくわからないほど消えてしまいました。半年後も再びがんは見つからず、そのまま治療を続けずに経過観察となったそうです。
このように全員のがんが消えたという結果は、まさに「奇跡的」といえるものです。世界中の医療関係者が、このニュースに驚きと期待を寄せました。
もちろん、これがすべてのがん患者さんに当てはまるわけではありません。
今回の研究はまだ人数が少なく、治療の効果がどのくらい長く続くのかも分かっていません。半年、1年はがんが消えていても、時間がたつと再び現れる可能性もあります。
それでも、ここまで全員に効果が見られたというのは非常に大きな成果です。
これまでのがん治療では、完治を目指すことが難しいケースも多く、つらい副作用に耐えながら治療を続けなければならないこともありました。
ドスタルリマブのように「体の免疫力を引き出してがんを倒す」治療法が確立すれば、よりやさしく、より根本的な治療が可能になるかもしれません。

がん治療は、まさに「免疫の時代」に入っています。
薬でがんをたたくだけでなく、自分の体が持つ力を最大限に引き出す――それが新しい治療の考え方です。
ドスタルリマブの研究結果はまだ始まりにすぎませんが、今後、ほかの種類のがんにも効果が確認されれば、がん治療の常識が大きく変わるかもしれません。
がんは、決して一枚岩の病気ではありません。人それぞれに違いがあります。だからこそ、こうした個々の特徴に合わせた治療法が進むことは、大きな希望です。
今回紹介したドスタルリマブという新薬は、わずか12人の臨床試験とはいえ、全員でがんが消えるという驚くべき結果を出しました。
しかも重い副作用もなく、治療後も安定しているという点で、これまでのがん治療とはまったく違う希望を感じさせます。
今後、さらに多くの研究が進めば、この薬ががん治療の新たな柱となる日が来るかもしれません。
「進行がんでも治せるかもしれない」――そんな未来が、少しずつ現実に近づいているのです。
ということで、今回は「新薬で進行した直腸がんが消えた?」という最新の話題をご紹介しました。
このような研究がさらに進むことで、多くの患者さんに希望の光が届くことを願っています。