がんになったら知っておきたい「ゲノム異常」とは?

近年、「がんゲノム医療」や「ゲノム異常」という言葉を耳にする機会が増えてきました。ニュースや診察の場面で「KRAS」「EGFR」「TP53」といった遺伝子の名前を聞いたことがあるという方も少なくありません。これらはいずれも、がんの発生や進行に深く関わる遺伝子であり、「がんゲノム異常」を理解するうえで重要なキーワードです。
今回は、がんの最大の原因とされる「ゲノム異常」について、その意味と発生の仕組み、さらに治療への応用までを詳しく解説します。

がんの原因は「ゲノム異常」にあった

がんの原因は「ゲノム異常」にあった

私たちの体は、約37兆個もの細胞からできており、それぞれの細胞には「DNA(ゲノム)」という設計図が存在します。この設計図には、細胞が正常に働くためのすべての情報が書き込まれています。
ところが、このDNAに異常が生じると、設計図の指示が誤って伝わり、細胞が本来の働きを失ってしまうことがあります。その結果、制御のきかない増殖を始め、がん細胞が発生します。これが「ゲノム異常によるがん化」の基本的な仕組みです。

がんの原因としては、次のような要因が知られています。

  • 親から子への遺伝的要因
  • DNAの複製エラー(細胞分裂時の偶発的なミス)
  • ウイルスや細菌感染(例:肝炎ウイルスやピロリ菌)
  • 喫煙や紫外線などの環境要因
  • 食生活・運動不足・ストレスといった生活習慣
  • 慢性炎症などの生理的ストレス

これら複数の要因が複雑に重なり、最終的にDNAの配列に異常が生じることで、がんが発生すると考えられています。

ゲノム異常とは何か ― DNAの「誤字脱字」

ゲノム異常とは、DNAの配列の一部が変化してしまうことを指します。
たとえるなら、DNAは体をつくる「設計図」であり、文章で書かれたマニュアルのようなものです。そこに「誤字脱字」が起こると、文の意味が変わり、正しい指示が伝わらなくなります。結果として、細胞が本来とは異なるタンパク質を作り出し、異常な動きを始めてしまうのです。
このような遺伝子の変化を「変異」と呼びます。

ドライバー遺伝子とパッセンジャー遺伝子

ドライバー遺伝子とパッセンジャー遺伝子

遺伝子の変異には、大きく分けてドライバー変異パッセンジャー変異の2種類があります。

ドライバー遺伝子変異 ― がんを「運転」する変異

「ドライバー(driver)」という言葉には「運転手」という意味があります。
ドライバー遺伝子とは、がんの発症や増殖に直接関わる「がんを動かす運転手」のような遺伝子です。
もし運転手に異常が起これば、車は暴走して事故を起こしてしまいます。同じように、ドライバー遺伝子に変異が生じると、細胞は制御を失い、がん化が進みます。

代表的なドライバー遺伝子には、KRAS、EGFR、HER2、TP53、BRCAなどがあります。
これらはがんの種類ごとに変異のパターンが異なり、治療法を決める重要な手がかりになります。

パッセンジャー遺伝子変異 ― 「乗客」にすぎない変異

一方のパッセンジャー変異は、がんの発症には直接関係しない変異です。
車にたとえるなら、同乗者が少し体調を崩しても車の運転そのものには影響しない、というようなものです。
がん細胞では「ゲノムの不安定性」が高くなっているため、ドライバー遺伝子だけでなく、関係のない多くの遺伝子にも偶然変異が蓄積していきます。これがパッセンジャー変異です。

ゲノム異常についての3つの疑問

ゲノム異常についての3つの疑問

ここからは、多くの人が抱く3つの疑問を取り上げ、順に解説していきます。

① ゲノム異常が多いがんと少ないがんがあるの?

実は、がんの種類によって遺伝子変異の数は大きく異なります。
たとえば、脳腫瘍白血病などの血液がんでは、変異の数が比較的少ないことがわかっています。
一方で、乳がんすい臓がんでは1人あたり約60個、肺がん皮膚がんでは約600個もの変異が見つかることもあります。

さらに、同じがん種でも患者によって変異の数はさまざまです。
20個ほどしか変異がない人もいれば、400個近くの変異を持つ人もいます。
つまり、がんの種類だけでなく、個人によってもゲノム異常のパターンは異なるのです。

② 自分のゲノム異常はどうやってわかるの?

自分のがんにどのような遺伝子異常があるのかを調べるには、がん遺伝子パネル検査を行います。
この検査では、現在知られている主要なドライバー遺伝子の異常を一度に解析することができます。

がん遺伝子パネル検査は、一部のがんで薬剤の使用可否を調べる「コンパニオン診断」として行われているほか、標準治療がない固形がんや、転移・再発を伴い標準治療を終えた患者を対象に、保険適用が認められています。
費用は約56万円と高額ですが、保険が適用される場合、患者負担は3割(高額療養費制度を利用すればさらに軽減)となります。
この検査を受けることで、自分のがんの「設計図のゆがみ」を可視化でき、治療方針の決定に役立てることができます。

③ ゲノム異常を知るメリットは?

ゲノム異常を調べることには、いくつかの重要な利点があります。

1. 遺伝的リスクを知ることができる

例えば、乳がん患者でBRCA遺伝子に変異がある場合、その異常が親から受け継いだ可能性があります。
この場合、本人だけでなく家族も乳がんや卵巣がんのリスクが高くなることがわかります。
遺伝性がんのリスクを早期に把握し、予防的検査や生活改善につなげることができます。

2. 効果が期待できる治療薬を選べる

ドライバー遺伝子に変異が見つかった場合、分子標的薬が効果を発揮する可能性があります。
たとえば、肺がんでEGFR変異が検出された場合、EGFR阻害薬(ゲフィチニブやオシメルチニブなど)が有効であることが知られています。
また、最近では「遺伝子変異の数(腫瘍変異量:TMB)」が多いがんに対して、免疫チェックポイント阻害薬(ペンブロリズマブ=キイトルーダ)の効果が期待されることも明らかになってきました。

3. 治療の選択肢が広がる

このように、ゲノム異常を調べることで、これまで標準治療がなかった患者にも新たな治療の可能性が見いだされるようになっています。
「自分のがんがどんな特徴を持つのか」を知ることは、これからの治療をより個別化し、最適な方法を選ぶための第一歩といえるでしょう。

まとめ ― ゲノムを知ることは、自分のがんを知ること

まとめ ― ゲノムを知ることは、自分のがんを知ること

がんは、単に「ひとつの病気」ではなく、一人ひとり異なるゲノム異常によって引き起こされる病気です。
そのため、がん治療も従来の「画一的な治療」から、ゲノム情報に基づいた「個別化医療」へと進化しています。

自分のがんのゲノム異常を知ることで、

  • 遺伝的リスクを理解し、家族の健康を守る
  • より効果の高い治療薬を選択できる
  • 新しい治療法や臨床試験への道が開ける

といったメリットがあります。

がんゲノム医療は、まさに「未来のがん治療」への扉です。
検査や治療の詳細については、主治医や専門医と相談し、自分に合った選択をしていくことが大切です。