
今回は「がん患者さんに旅行をすすめる理由」についてお話しします。
外来で診察をしていると、「旅行に行っても大丈夫でしょうか?」という質問をよく受けます。旅行に行きたいけれど、体のことが心配で踏み出せない──そんな思いを抱えている患者さんやご家族は少なくありません。
多くの方が「もし旅先で何か起こったらどうしよう」と不安に感じています。特に、手術を終えたばかりの方や、抗がん剤治療を受けている方は、「旅行なんて無理だろう」と思い込んでしまうこともあるようです。実際、医師によっては「危ないからやめておいた方がいい」と言うこともあります。確かに、もしものときにすぐ対応できないという事情もあるでしょう。
けれど、私はほとんどの患者さんに「行ってみてください。楽しんできてくださいね」とお伝えしています。これは軽い気持ちで言っているのではなく、「旅行には、がん治療にもつながるような大きなメリットがある」と考えているからです。
ここでは、がん患者さんに旅行をすすめる5つの理由をご紹介します。

旅行の一番の魅力は、日常生活を離れて「非日常」を体験できることです。
がんと向き合う日々は、どうしてもストレスがたまりやすいものです。病院通い、検査、治療、副作用、将来への不安…。こうした重圧から少しでも離れ、景色の美しい場所や心地よい空気に触れるだけで、心がスッと軽くなります。
特に自然の中に身を置くことは、心身のリラックスにとても効果的です。森林の中を歩いたり、海辺で風を感じたりすると、体が自然とほぐれていくのを感じるでしょう。こうした癒しの時間が、気持ちを前向きにし、からだにも良い影響をもたらすことが期待されます。
旅の楽しみといえば、やはり「食事」です。
がんの治療中は、食欲が落ちたり、味覚が変わったりして、思うように食べられない方も多いものです。しかし、旅先で出会うご当地の料理や旬の食材がきっかけで、自然と食欲が戻ることもあります。
おいしいものを「おいしい」と感じて食べられる時間は、心にも体にも大切な栄養です。食事を楽しむことで、体力の回復や栄養状態の改善が期待できます。
ただし、食べすぎには注意が必要です。体調や持病に合わせて、無理のない範囲で楽しみましょう。また、治療の影響で食べられない食材がある場合は、あらかじめ宿泊先に相談しておくと安心です。
がんの治療中は、安静にしすぎて体力が落ちてしまうことがあります。
旅行に出かけると、移動や観光などで自然と歩く機会が増えます。これが実は、ちょうど良い運動になるのです。特別に運動をしようと意識しなくても、楽しみながら体を動かせるのは旅行ならではの利点でしょう。
ただし、無理は禁物です。長距離の移動や山登りのようなハードなスケジュールは避け、自分の体調に合ったペースで行動することが大切です。
日帰りの近場の旅行でも十分です。体を動かすことが、「また行こう」という意欲につながり、日々の活力を生み出します。

がん治療は、一人で乗り越えるものではありません。家族や友人など、支えてくれる人たちの存在が大きな力になります。旅行は、そうした人たちとの絆を深める絶好の機会です。
一緒に景色を見たり、食事をしたり、笑い合ったり──そんな時間が、心の距離をぐっと近づけます。普段はなかなか伝えられない「ありがとう」の気持ちを、旅の中で自然に伝えることもできるでしょう。
また、がんになってから人との関わりを避けがちになる方もいますが、友人との交流を続けることはとても大切です。短い旅行でもいいので、気の合う仲間と出かけてみてください。人とのつながりが、心のエネルギーを満たしてくれます。
旅行から帰ってくると、「また行きたい」「次はあの場所に行こう」と思うことがあります。
この「次の楽しみを計画する」という気持ちは、前向きに生きる力になります。
治療中でも、「もう一度旅をしたい」「来年は必ず行く」と思える目標があると、不思議と体も心もそれに向かって頑張ろうとします。
がん治療には、医療だけでなく「自分で治す力」も大切です。
生きる目的を持つことで、心が明るくなり、治療への意欲も高まります。旅行は、そのきっかけになるのです。
もちろん、旅行にはいくつか注意点もあります。安全に楽しむために、次のことを意識しておきましょう。
特に治療中は、体の状態が変わりやすいため、事前の準備と連絡体制がとても重要です。
これらを整えておけば、安心して旅行を楽しむことができるでしょう。
今まで多くのがん患者さんが旅行に出かけるのを見てきました。皆さんの感想は口をそろえて「行ってよかった」「楽しかった」「また行きたい」──そんな前向きな言葉ばかりです。そして、旅行後に気持ちが明るくなり、治療にも良い影響が見られる方も多くいらっしゃいます。
最初から遠出をする必要はありません。まずは日帰りの小さな旅から始めてみましょう。少しずつ体調や気持ちを見ながら、1泊2日、2泊3日と範囲を広げていけば大丈夫です。
旅行は「治療の一部」と言っても過言ではありません。
心を癒し、笑顔を取り戻し、「また明日も生きよう」と思えるきっかけをくれるのが旅行です。
がんと向き合いながらも、自分らしく生きるために──
ぜひ、勇気を出して一歩外へ踏み出してみてください。