
「がんになったら手術で切り取るしかない」――多くの人がそう思っているのではないでしょうか。
たしかに、これまで早期のがんであっても、根治を目指すためには手術が基本とされてきました。ところが最近、「薬の力だけでがんが消えた」という信じられないような報告が発表され、医療の常識が大きく変わるかもしれないと話題になっています。
今回は、そんな夢のような最新の研究について、できるだけわかりやすく解説していきます。
2025年4月、世界的に権威のある医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」に衝撃的な論文が掲載されました。
それは、一部の早期がんに対して「ドスタルリマブ」という薬を使ったところ、手術をせずにがんが完全に消えてしまったという報告です。
この薬は「免疫チェックポイント阻害薬」と呼ばれる種類のもので、体の免疫の力を高めてがん細胞を攻撃する働きを持っています。
人の体にはもともと、外から侵入したウイルスや体内で発生した異常な細胞を退治する「免疫」という防御システムがあります。ところが、がんはこの免疫の働きを抑えて、自分を攻撃されないようにする巧妙な仕組みを持っています。
ドスタルリマブは、この“がんがかけているブレーキ”を外し、免疫が再びがんを攻撃できるようにする薬です。
同じタイプの薬としては、「オプジーボ」や「キイトルーダ」などがすでに使われていますが、今回はその中でも特に注目の新しい薬の成果が報告されたのです。
この研究では、手術を行う前にドスタルリマブを6か月間投与し、その効果を調べました。
対象となったのは「ミスマッチ修復機構欠損(dMMR)」という特殊な遺伝的特徴を持つがん患者117人です。
この特徴を持つがんは、DNAが細胞分裂のたびに起こす小さなエラーを修正できないため、遺伝子の異常が多く、免疫の攻撃を受けやすい傾向があります。
対象となったがんの種類は、直腸がん、結腸がん、胃がん、尿路のがんなど、さまざまです。
いずれも通常であれば、手術をして取り除くことが標準的な治療です。
ところが、今回はあえて手術をせず、薬の効果だけでどこまでがんを小さくできるかを試しました。

その結果は、誰もが驚くものでした。
なんと117人中82%の患者で、がんが完全に消えてしまったのです。
しかも、80%の患者は手術を行わずに経過を見ても、再発しなかったとのこと。
治療開始から2年たった時点でも、92%の人が再発せずに元気に生活しているという結果でした。
特に直腸がんの患者では、2年後の再発率はほぼゼロ。再発せずに生存していた人の割合はなんと99%にも上りました。
実際に、治療前の画像でははっきり見えていた腫瘍が、治療後わずか3か月で完全に消えていたケースも報告されています。
もちろん、すべての患者さんに同じような効果があったわけではありません。
胃がんなどでは、直腸がんほどの結果は得られず、効果の差が見られました。
また、治療後に再発した人も5人(全体の4%)いましたが、その場合も手術や薬の再投与で対応できたとのことです。
つまり、この薬は“魔法の薬”というわけではありません。
がんの種類や遺伝的な特徴によって効き方が異なり、今のところは「特定のタイプのがんに限って非常に効果的」という段階です。
それでも、「手術をしなくてもがんが消える」という結果は、がん治療の新しい可能性を示しています。

がんの手術は、命を救うためには欠かせないものですが、体にとっては大きな負担です。
手術後に合併症や後遺症が残ることもありますし、臓器を切除することで生活の質が下がってしまうこともあります。
たとえば胃や直腸の手術では、食事の量が減ったり、排便のコントロールが難しくなるといった問題が起こることがあります。
もし、薬の治療だけでがんを消すことができれば、こうした体への負担を大幅に減らすことができます。
臓器を残したまま治療ができるということは、「命を救う」だけでなく、「その後の生活を守る」という意味でも大きな意義があります。
今回の成果は、あくまで特殊なタイプのがんに限られた話です。
それでも、この研究が示したのは「がん治療の方向性が変わるかもしれない」という未来への希望です。
研究者たちは、同じような治療が他のがんにも応用できないか、今も世界中で研究を続けています。
これまでのがん治療は、「手術」「放射線」「抗がん剤」が三本柱でした。
しかしこれからは、「免疫の力を利用した薬による治療」が新たな柱として加わる時代がやってくるかもしれません。
そしていつか、「がんは薬で治す時代」が本当に実現するかもしれません。
今回ご紹介した研究は、がん治療の歴史を塗り替えるような画期的な成果でした。
特定の遺伝的特徴を持つ早期のがんであれば、半年間の薬の治療でがんが完全に消える可能性がある――。
しかも、その後も再発せずに生活できている人がほとんどというのは、まさに希望の光です。
もちろん、すべてのがんに効くわけではありませんが、「がん=手術しかない」という時代から、「がん=薬で治るかもしれない」という新しい時代へ。
がん治療の常識が、今まさに変わりつつあります。
というわけで、今回は「早期がんは切らずに消える?」というお話でした。