【がんは免疫で制圧できる日が来る?】「がん」に対する免疫の戦いに立ちはだかる5つの壁:免疫から逃れる癌細胞のたくみな戦略とは?

【がんは免疫で制圧できる日が来る?】「がん」に対する免疫の戦いに立ちはだかる5つの壁:免疫から逃れる癌細胞のたくみな戦略とは?

私たちの体の中では、日々数えきれないほどの細胞が分裂し、古い細胞と入れ替わっています。その過程で、ごくわずかな確率で「異常な細胞」が生まれることがあります。これが増えてしまうと「がん」となります。
しかし、人間の体にはもともと「免疫」という強力な防御システムが備わっており、異常な細胞を見つけて排除する仕組みが存在します。もしこの免疫の働きが完璧に機能していれば、理論上はがんは発生せず、できたとしてもすぐに退治されてしまうはずです。

ところが現実には、免疫の目をすり抜けて成長するがんがあり、私たちはそれに苦しめられています。なぜ、免疫はがんを完全に制圧できないのでしょうか?
そこには、「がん細胞が巧みに免疫から逃れるための戦略」と、「免疫の働きに限界がある」という2つの要因があります。

本記事では、免疫の力ががんを退治するために越えなければならない「5つの壁」と、それを乗り越えるための最新治療についてわかりやすく解説します。

1.がん細胞が身を隠す ― 目印を消す巧妙な戦略

1.がん細胞が身を隠す ― 目印を消す巧妙な戦略

がん細胞の表面には「がん抗原」と呼ばれる特殊なタンパク質があります。免疫細胞はこの抗原を目印にして、がん細胞を見つけ出し、攻撃します。特に遺伝子の変異によって新たに生じた抗原は「ネオアンチゲン」と呼ばれ、免疫の標的となります。

しかし、がん細胞はしたたかです。この抗原の量を減らしたり、まるでカモフラージュするように表面から消してしまったりします。そうなると免疫細胞は敵を見つけられず、がんが生き延びてしまいます。

この「隠れるがん」に対抗する治療法として注目されているのががんワクチンです。がんの目印(抗原)を免疫細胞にあらかじめ教え込むことで、見逃しを防ぐという仕組みです。最近では、新型コロナウイルスのワクチンでも話題になったmRNAワクチン技術を応用したがんワクチンの臨床試験も始まっており、期待が高まっています。

2.免疫細胞がたどり着けない ― がんの“要塞”構造

2.免疫細胞がたどり着けない ― がんの“要塞”構造

免疫細胞ががんを見つけても、実際に攻撃できるとは限りません。がんの周囲には「がん微小環境」と呼ばれる複雑な構造があり、そこには正常細胞や繊維、血管、免疫を抑える物質などが入り混じっています。この微小環境が“バリア”となり、免疫細胞の侵入を阻むのです。

さらに、がんが大きくなると内部では血流や酸素が不足し、免疫細胞が活動しづらい過酷な環境になります。まるで要塞のように守りを固めたがんに、免疫が到達できないというわけです。

この壁を壊すため、近年ではがん微小環境を標的にした治療が注目されています。具体的には、がんを取り囲む間質を分解する薬剤や、免疫細胞の通り道を開く治療の研究が進められています。免疫細胞がスムーズにがんの内部まで入り込み、直接攻撃できるようにすることが目標です。

3.免疫のブレーキ ― がんが利用するチェックポイント

免疫には「暴走防止装置」が備わっています。これが免疫チェックポイントです。体が自分自身を攻撃しないようにする安全装置のようなものですが、がん細胞はこれを逆手に取ります。

がん細胞は「PD-L1」というタンパク質を作り出し、免疫細胞にある「PD-1」という分子に結合します。すると、免疫細胞は「攻撃をやめろ」というブレーキ信号を受け取ってしまうのです。

この仕組みを解除するのが、近年大きな注目を集めている免疫チェックポイント阻害薬です。代表的な薬として「オプジーボ」や「キイトルーダ」があります。これらはPD-1とPD-L1の結合をブロックし、ブレーキを解除して免疫細胞を再び戦闘モードに戻す働きをします。すでに多くのがんで効果が報告されており、免疫療法の新しい時代を切り開きました。

4.がん細胞の「死なない力」 ― アポトーシス回避

免疫細胞の代表であるT細胞は、がんを見つけると「パーフォリン」や「グランザイム」という物質を放出してがん細胞を自滅(アポトーシス)へと導きます。しかし、がん細胞の中にはこのアポトーシスを起こす信号経路を壊してしまうものがあります。

たとえば、「ゲノムの守護神」と呼ばれるTP53遺伝子に変異があると、細胞死のスイッチがうまく作動しません。その結果、がん細胞はT細胞に攻撃されても死なずに生き延び、増殖を続けてしまうのです。

この壁を打破するために、研究者たちはアポトーシスを再び誘導する治療法を模索しています。たとえば、ウイルスを使ってがん細胞に「死のスイッチ」を再導入する遺伝子治療などが開発中です。将来的には、がんに“逃げ道”を与えない治療が実現するかもしれません。

5.免疫細胞の疲弊と枯渇 ― 長期戦の代償

5.免疫細胞の疲弊と枯渇 ― 長期戦の代償

がんとの闘いは短期決戦ではありません。免疫細胞は長期にわたってがんと戦ううちに、慢性的な炎症やストレスにさらされ、次第に疲弊していきます。これを「T細胞の疲弊」と呼びます。さらに、がんの勢力があまりに大きい場合、免疫細胞の数自体が減少してしまい、兵力不足に陥ることもあります。

この問題を克服するために登場したのが、CAR-T細胞療法などの新しい免疫治療です。これは、患者さん自身のT細胞を採取し、がんを攻撃できるように遺伝子改良してから再び体内に戻すという方法です。疲れ切った免疫細胞を“若返らせ”、再び強力な戦闘力を与える試みとして注目されています。特に血液のがん(白血病やリンパ腫)ではすでに実用化が進み、劇的な効果を示す例もあります。

未来への希望 ― 免疫ががんを克服する日へ

未来への希望 ― 免疫ががんを克服する日へ

このように、がんと免疫の戦いには「見つけにくい」「近づけない」「ブレーキがかかる」「死なない」「疲れる」という5つの壁があります。しかし、医療の進歩によって、それぞれの壁を乗り越えるための治療法が次々に登場しています。

がん免疫療法の分野は今、まさに急速に進化しています。がんワクチンやチェックポイント阻害薬、CAR-T療法、そして遺伝子を用いた革新的な治療法――これらが組み合わされることで、近い将来「免疫の力でがんを制圧する」ことが現実になるかもしれません。

がんは長い間、人類にとって最も手強い病のひとつとされてきました。しかし、私たち自身の体に備わる免疫という力を正しく理解し、引き出すことができれば、その克服も夢ではないでしょう。今後の研究の進展に、大いに期待したいところです。