【最新ネイチャー報告】抗がん剤の効果、腸のなかの〇〇でアップ:すい臓がん(膵癌)治療に希望

抗がん剤治療は、進行がんや転移を伴うがんに対して最も重要な治療のひとつです。
しかし、同じ薬を使っても「よく効く人」と「なかなか効かない人」がいるという現実があります。なぜそのような違いが生まれるのでしょうか?

これまで「がん細胞の遺伝子変異の違い」が原因とされてきましたが、それだけでは説明しきれないことが分かってきました。
そして2023年、世界的に権威のある科学誌『Nature(ネイチャー)』に、がん治療の新たな鍵となる“ある物質”が報告されました。
それは、意外にも腸の中にいる細菌が作り出す代謝物「インドール-3-酢酸(IAA)」だったのです。

抗がん剤治療の壁:なぜ効く人と効かない人がいるのか

抗がん剤治療の壁:なぜ効く人と効かない人がいるのか

たとえば、非常に治療が難しい「すい臓がん」を例にとってみましょう。
すい臓がんは早期発見が難しく、診断された時点で約7割の方が手術で切除できない状態だといわれています。そのため、多くの患者さんには薬による化学療法(抗がん剤治療)が行われます。

主な治療法としては、

  • FOLFIRINOX療法(フォルフィリノックス)
  • ゲムシタビン+パクリタキセル併用療法

などが使われています。

ところが、このような治療を受けても、全員に効果があるわけではありません。
同じ抗がん剤を使っても、ある人には効果があり、別の人にはほとんど効かない――その違いはどこから生まれるのか。
この疑問に答えるヒントを与えたのが、Nature誌に掲載された最新研究でした。

すい臓がん患者の腸内環境を詳しく調べてみたら…

2023年3月に発表されたこの研究では、転移をともなうすい臓がん患者を対象に、抗がん剤治療の前後で便と血液を採取し、腸内細菌の種類と血液中の代謝物を詳しく分析しました。

すると、抗がん剤がよく効いた人の腸内には、ある特定の細菌群が多く存在していたことが分かりました。
さらに、その人たちの血液中には、その細菌が作り出す代謝産物のひとつであるインドール-3-酢酸(Indole-3-acetic acid, IAA)が多く含まれていたのです。

この発見をもとに、研究チームは次のような追加実験を行いました。

ヒトの便をマウスに移植すると…?

研究者たちは、抗がん剤がよく効いた患者さんと、あまり効かなかった患者さんの便をマウスに移植する実験を行いました。
すると驚くことに、「効果があった患者の便」を移植したマウスでは、血液中のIAA濃度が上昇し、抗がん剤の効き目も高まるという結果が得られたのです。

さらに、便の移植を行わず、マウスにIAAそのものを経口で投与しても、同様に抗がん剤の効果が向上することが確認されました。
つまり、腸内細菌が作り出すIAAが、がん治療の効果に直接関与している可能性が示されたのです。

IAAが抗がん剤の効果を高める仕組みとは?

IAAが抗がん剤の効果を高める仕組みとは?

この研究では、IAAがどのように抗がん剤の効きを高めるのか、そのメカニズムも明らかにされています。

腸の中で作られたIAAは、血液中に吸収され、全身を巡ります。
血液中で、IAAは好中球(免疫細胞の一種)の中にあるミエロペルオキシダーゼ(MPO)という酵素によって酸化され、毒性のある活性化物質に変化します。

この活性化されたIAAががん細胞の中に取り込まれると、がん細胞のオートファジー(自食作用)を阻害し、細胞がダメージを修復できなくなります。
その結果、抗がん剤による細胞死が促進され、治療効果が高まるというわけです。

簡単に言えば、IAAは「がん細胞を抗がん剤に対して無防備にする物質」として働いているのです。

腸内細菌が「抗がん剤の感受性」を決めている?

この発見の重要なポイントは、抗がん剤の効果を左右するのが、がん細胞の遺伝子だけではないということです。
がん患者さんの腸内環境――つまり、どんな腸内細菌を持っているかが、治療効果に深く関わっている可能性があるのです。

これまでも、腸内細菌が免疫チェックポイント阻害薬などの「免疫治療」の効果に影響することは知られていましたが、
今回の研究は「化学療法(抗がん剤)」においても同様の関係があることを初めて明確に示した報告といえます。

IAAはもともとどんな物質?

インドール-3-酢酸(IAA)は、もともと植物の成長を調節する「オーキシン」という植物ホルモンの一種として知られていました。
しかし近年の研究で、人間の体内でも、腸内細菌がトリプトファンというアミノ酸を分解する過程でIAAを作り出していることが分かってきました。

つまり、IAAは私たちの体の中にも存在する「腸内由来の代謝物」であり、腸と全身をつなぐ“メッセンジャー”のような役割を果たしているのです。
そのIAAが、がん治療の効果にまで影響しているというのは、まさに驚くべき発見です。

今後の可能性:栄養・サプリメントによる応用も?

この研究結果を受けて、今後は「人での臨床試験」も進められていくと考えられます。
将来的には、腸内環境を整えたり、IAAを増やしたりするような食事・サプリメント・栄養療法が、がん治療のサポートとして使われる可能性もあるかもしれません。

もちろん、まだ研究段階であり、「IAAを摂れば抗がん剤が効く」という段階ではありません。
IAAは濃度や条件によっては逆にがんの成長を助けてしまう可能性も指摘されており、安全性や投与量の検討が欠かせません。
それでも、「腸内細菌の代謝が抗がん剤の効果を左右する」というこの発見は、がん治療の新しい方向性を示すものとして世界中で注目されています。

まとめ:腸内環境が治療の鍵を握る時代へ

まとめ:腸内環境が治療の鍵を握る時代へ

今回のNature報告は、「腸とがん治療の関係」を大きく前進させた研究でした。
要点をまとめると、次のようになります。

  • すい臓がん治療において、抗がん剤がよく効いた患者さんの腸内には特定の細菌が多かった
  • その細菌が作る代謝物「インドール-3-酢酸(IAA)」が、抗がん剤の効果を高めていた
  • IAAは血液中で活性化され、がん細胞のオートファジーを阻害して抗がん剤の作用を強める
  • IAAの濃度を増やすことで、治療効果を高める可能性がある

腸内細菌はこれまで「消化を助ける存在」として知られていましたが、実はがん治療の“隠れた味方”であることが明らかになりつつあります。

抗がん剤の効果を最大限に引き出すためには、腸の健康を整えること――それが、これからのがん治療における新しいキーワードになるかもしれません。