大腸がんは、日本人のがんの中でも非常に多い疾患の一つです。早期に発見できれば手術で根治を目指すことが可能ですが、進行している場合は、手術後に再発してしまうことがあります。
実際、手術を終えて「もう治った」と思っていた患者さんの中にも、数年後に再発が見つかるケースは少なくありません。そのため、医療現場ではこれまで、「どの患者が再発しやすいのか」を予測するための指標を探し続けてきました。
しかし、従来の予測方法は必ずしも正確とは言えませんでした。
病理検査で「再発リスクが高い」と判断されても再発しない患者さんがいる一方で、「リスクが低い」とされた方が再発することもありました。そのため、医師は「念のため」という判断で、多くの患者さんに術後の抗がん剤治療を行ってきました。
ところが、この抗がん剤治療には副作用の問題があります。
たとえば大腸がんで使われる抗がん剤の中には、手足のしびれや倦怠感、吐き気などが長く続くものもあります。「再発を防ぐため」とはいえ、実際には再発しないかもしれない患者さんが、必要のない副作用に苦しんでしまうケースもあるのです。
そんな中、「より正確に再発リスクを予測できる新しい方法」が注目を集めています。それが今回紹介する**リキッドバイオプシー(liquid biopsy)**です。

「バイオプシー」とは、一般的に「組織の一部を取り出してがんかどうかを調べる検査」のことを指します。従来はがんの診断や再発の有無を確認するために、手術や内視鏡で実際に組織を採取する必要がありました。
一方、リキッドバイオプシーは、血液などの体液を使ってがんの情報を調べる方法です。体の中にあるがん細胞は、増殖や死滅を繰り返す中でDNAの断片を血液中に放出しています。この血液中のがん細胞由来のDNAを「ctDNA(circulating tumor DNA)」と呼びます。
もし手術でがんをすべて取り除いたはずなのに、血液の中にctDNAが残っていたら——
それは、体のどこかに目に見えない“がんの種”がまだ潜んでいるサインかもしれません。
この仕組みを応用して、手術後の血液からctDNAを検出することで、「再発の可能性」を予測できるのではないかと考えられています。
2023年1月、世界的な医学雑誌『Nature Medicine』に、日本から注目すべき研究成果が報告されました。
これは、日本国内の複数の医療機関が参加して行われているGALAXY(ギャラクシー)研究という大規模プロジェクトの中間解析の結果です。
この研究の目的は、切除可能な大腸がん患者において、リキッドバイオプシーがどの程度役立つのかを検証すること。つまり、ctDNAを測定することで「手術後に誰が再発しやすいのか」「誰に抗がん剤が本当に必要なのか」を見極めようという試みです。
研究では、1000人を超える大腸がん患者を対象に、
の2つのタイミングで血液を採取し、ctDNAを測定しました。
その後、およそ17か月間にわたって患者を追跡し、再発や生存率を分析しました。

解析の結果、非常に興味深いデータが得られました。
手術後4週目の時点でctDNAが陽性だった患者は、陰性の患者に比べて再発のリスクが約10倍も高いことが分かったのです。
言い換えると、手術でがんを取り切ったように見えても、血液中にctDNAが検出される人は、体内のどこかに目に見えないがん細胞が残っている可能性が高い、ということになります。
一方、ctDNAが陰性であれば、再発の可能性は非常に低く、過剰な抗がん剤治療を避けられるかもしれません。
さらに興味深いのは、術後にctDNAが陽性だった患者が抗がん剤治療を受けた場合、再発リスクが明らかに低下していたという点です。
逆に、ctDNAが陰性の患者では抗がん剤による効果が見られなかったという結果も出ています。つまり、「ctDNAが陽性なら抗がん剤が有効」「陰性なら不要」といった、より個別化された治療方針が見えてきたのです。
これまでの大腸がん治療では、手術後の患者に対して「ステージ」や「リンパ節転移の有無」などをもとに抗がん剤治療の有無を判断してきました。
しかし、それは統計的な傾向に基づくものであり、**“その人自身の再発リスク”**を正確に反映しているわけではありませんでした。
今回の研究によって、リキッドバイオプシーでctDNAを調べれば、個々の患者の体の中に本当にがんが残っているかどうかを推定できる可能性が見えてきました。
これにより、再発リスクの高い患者にはしっかりと抗がん剤治療を行い、低い患者には不要な治療を避ける——まさに「オーダーメイド医療」の実現に一歩近づいたといえるでしょう。
リキッドバイオプシーは、これまでのがん治療の常識を大きく変える可能性を秘めています。
血液を採取するだけで再発リスクを評価できるため、患者の負担が少なく、定期的に検査を行うことも容易です。
さらに、この技術は大腸がんだけでなく、肺がん、乳がん、膵がんなど、さまざまながん種にも応用が進んでいます。
今後、リキッドバイオプシーが一般的な医療現場に導入されれば、
といった面で、医療の質が大きく向上することが期待されます。
もちろん、まだ研究段階であり、保険適用や標準治療としての導入には時間がかかります。
しかし、日本発のGALAXY研究は国際的にも高く評価されており、今後のがん医療の方向性を示す重要な一歩となっています。

「手術でがんを取り除いたはずなのに、再発するかもしれない」
そんな不安を抱える患者さんにとって、ctDNAによるリキッドバイオプシーは大きな希望となるかもしれません。
血液検査一つで、再発のリスクや抗がん剤の必要性を予測できる。
それは、患者さん一人ひとりに寄り添った、より優しい医療への第一歩です。
科学の進歩によって、「無駄な治療を減らし、必要な人に最適な治療を届ける」時代が確実に近づいています。
リキッドバイオプシーが実用化される未来に、私たちは大きな期待を寄せたいと思います。