私たちが日常的に使っている「首」や「肩」という言葉。
しかし、医療の世界では、これらの言葉の使われ方は必ずしも一般的な感覚と一致していません。普段の生活ではあいまいなまま使っている言葉も、医学的には明確な定義が求められます。本記事では、「首(くび)」や「頚(けい)」「頸(けい)」、そして「肩(かた)」という言葉について、医療での正しい使い方と一般的な認識の違いを丁寧に解説していきます。
まず、「首」という漢字についてです。
医療の分野では「首」という表現はほとんど使われません。理由は単純で、「首」という言葉が指す範囲が非常にあいまいだからです。
一般的に私たちは、顔と胴体の間の細い部分を「首」と呼んでいます。しかし、歴史的に見ると「首」は必ずしもその部分だけを指していたわけではありません。江戸時代などでは、「首を落とす」という言葉が「頭部を切り落とす」という意味で使われていたように、「首=頭部全体」を指していた時代もありました。つまり、「首」という言葉は時代や文脈によって意味が変化してきたのです。
さらに、体格や個人差によって「首」の境界を明確に定義することも難しい場合があります。頭の大きさや肩の厚みなどによって、どこからどこまでを首と呼ぶかが人によって異なるため、医療用語としては正確性に欠けるのです。
このような理由から、医学の現場では「首」という言葉を避け、より正確な表現である「頚(けい)」や「頸(けい)」という漢字を用いるようになりました。

次に、「頚」と「頸」という二つの漢字について見てみましょう。
どちらも「くび」と読み、意味としては同じ部分を指しますが、使われ方に違いがあります。
医療の分野では、一般的に「頚」という字が主に用いられます。例えば、「頚椎(けいつい)」「頚動脈(けいどうみゃく)」などがそれにあたります。これに対して「頸」という漢字は旧字にあたりますが、現在でも学術文献や一部の医療用語では併用されているため、どちらも見かける機会があるでしょう。
結論として、「頚」と「頸」は意味としては同一ですが、現代医療では「頚」の字を使うことが推奨されています。どちらの表記が使われていても、指しているのは「頚椎を中心とした首の部分」であるという点を理解しておくとよいでしょう。

次に、「肩」という言葉について考えてみましょう。
「五十肩(ごじゅうかた)」と「肩こり」という、どちらも身近な言葉がありますが、実はこの二つの「肩」は指している場所が異なります。
まず「肩こり」の「肩」についてです。
多くの方が肩こりを感じるのは、首の根元から肩甲骨の内側にかけての部分ではないでしょうか。つまり、背中の上部から首の付け根にかけての範囲を「肩」と感じている人が多いのです。しかし、医学的にはこの部分は「肩」ではなく、「肩甲帯(けんこうたい)」と呼ばれる領域にあたります。肩甲骨や鎖骨を中心とする、体幹と上肢をつなぐ部分です。
この「肩こり」という言葉が広まった背景には、明治時代の文豪・夏目漱石が関係しています。彼が作品の中で「肩がこる」という表現を使ったことがきっかけで、一般にも広まりました。それ以前の日本語には「肩こり」という言葉自体が存在していなかったとされています。その後、漱石の影響で「肩こり」という言葉が定着し、首から背中にかけての部分を「肩」と呼ぶようになったのです。
一方、医学でいう「肩」とは「肩関節」のことを指します。
つまり、腕の骨(上腕骨)と肩甲骨をつないでいる関節部分です。日常的に「腕のつけ根」と表現される場所にあたります。したがって、「五十肩」は肩関節周囲の炎症によって起こる病気であり、「肩こり」とは全く異なる部位の症状なのです。
ここで、両者の違いをもう少し詳しく見ていきましょう。
五十肩は痛みと動きの制限が特徴的で、時間の経過とともに回復傾向を示す病気です。
肩こりは命に関わるような病気ではありませんが、慢性化しやすく生活の質を下げる厄介な症状です。医学的にも明確な治療法が確立されておらず、医師が頭を悩ませる症状のひとつでもあります。
「首」「頚」「頸」、そして「肩」という言葉の違いは、単なる漢字の使い分けにとどまりません。それぞれの言葉が指す部位を正確に理解することは、症状を正しく伝え、適切な診察や治療を受けるうえで非常に重要です。
たとえば「首が痛い」と訴えても、それが頚椎の問題なのか、肩甲帯の筋肉のこりなのかで、診断も治療もまったく異なります。医療機関では「どの部分が、どんな動きで痛いのか」を具体的に伝えることで、より正確な対応を受けることができるのです。

私たちが普段使う言葉と、医療で使われる言葉の間には、意外と大きな隔たりがあります。
体の不調を正しく伝えるためにも、こうした用語の違いを知っておくことは大切です。
「首」と「肩」という身近な言葉の奥にある、医学的な意味を理解することで、より正確な健康理解につなげていきましょう。