「人はなぜがんになるのか?」
これは多くの人が一度は抱く疑問ではないでしょうか。がんは日本人の2人に1人が生涯のうちに経験する可能性がある病気でありながら、その原因や仕組みはまだ完全には解明されていません。しかし、これまでの研究で、がんがどのようにして生まれるのか、その大まかな流れは明らかになっています。

まず最初に理解しておきたいのは、「がんの原因はひとつではない」ということです。
一部では「すべてのがんは食べ物が原因だ」「カビや寄生虫が真の原因だ」といった主張が見られますが、これは正しくありません。がんは、さまざまな要因が複雑に重なり合うことで発生する、多因子的な病気です。原因を一つに決めつけるのは、科学的根拠に欠けるばかりか、誤解を生む危険もあります。
国立がん研究センターが2012年に発表した疫学研究によると、日本人のがん発症に関係する主要な原因の割合は次のように推定されています。
つまり、半数以上のがんは今も「原因が特定できない」状態です。これは、がんが非常に多様で、ひとりひとり異なる環境や体質、生活習慣の影響を受けて発生するからです。

がんの最も根本的な原因は、細胞の設計図である遺伝子(DNA)の異常です。
私たちの体の細胞は、絶えず分裂して新しい細胞を作っています。このとき、DNAの複製エラーや外的刺激によって遺伝子が傷つくと、細胞の増殖や死をコントロールする仕組みが壊れてしまうのです。これが、正常な細胞が「がん細胞」へと変化する第一歩です。
遺伝子の異常 ― ゲノムとエピゲノム
遺伝子の異常には大きく分けて「ゲノム異常」と「エピゲノム異常」の2種類があります。
■ ゲノム異常
ゲノムとは、遺伝情報そのものを意味します。
人間のDNAは4種類の塩基(A・T・G・C)が並んで情報を構成していますが、そのうちの1つが別のものに置き換わったり、欠けたり、染色体の一部が失われたりすることがあります。こうした変化が「設計図の誤り」を引き起こし、細胞が制御不能に増殖するようになります。これが、いわゆる「遺伝子変異」です。
■ エピゲノム異常
一方で、エピゲノム異常はDNAの配列そのものが変化するわけではありません。
遺伝子の「スイッチ」のような仕組みが壊れて、働くべき遺伝子がオフになったり、逆に不必要な遺伝子がオンになったりするのです。たとえば、本来ならがん化を防ぐ「がん抑制遺伝子」がオフになると、細胞の暴走を止められなくなります。このようなスイッチの故障が、がん発生の重要な要因になると考えられています。
近年の研究では、私たちの体に共生する腸内細菌などの微生物(マイクロバイオーム)も、がんの発生や進行に深く関わっていることがわかってきました。
2019年、大阪大学の研究グループは、初期の大腸がん患者の腸内に「フソバクテリウム・ヌクレアタム」という細菌が異常に増えていることを発見しました。しかも、この変化はがんになる前の「大腸ポリープ」の段階からすでに見られたと報告されています。
つまり、腸内環境の乱れががんの「引き金」になる可能性があるのです。
これらの遺伝子や微生物の異常が、実際にがんを引き起こすことも実験で確認されています。
正常な細胞に、がん関連の遺伝子変異を人工的に導入すると、その細胞は無限に分裂し続ける「がん細胞」へと変化するのです。
つまり、ゲノム・エピゲノム・マイクロバイオームの異常が、がん発生の“直接的な引き金”であることが科学的に証明されています。

がんのリスクを高める生活習慣は数多くあります。
喫煙、過剰な飲酒、偏った食事、運動不足、慢性的なストレス、そして睡眠不足などです。
また、ウイルスや細菌の感染(例:肝炎ウイルスやピロリ菌)も、がんの発生と密接に関係しています。
しかし逆に言えば、生活習慣を見直すことで多くのがんを予防できるということでもあります。
禁煙、節度ある飲酒、バランスのとれた食事、定期的な運動、感染症対策などを続けることで、がんのリスクを大幅に下げられることが、多くの研究で確認されています。
とはいえ、がんを100%防ぐことはできません。
DNAの複製エラーや老化など、どうしても避けられない「偶然の要素」も大きいからです。
したがって、がんになったとしても、それをすべて自分の責任と考える必要はありません。がんは決して「努力が足りなかった結果」ではなく、誰にでも起こりうる身体の現象なのです。
がんは、生命が細胞分裂を繰り返し、長く生き続けようとする結果として生まれる「宿命的な病」とも言えます。
人間の体は常に新しい細胞を作り出し、古い細胞を捨てて生きています。その高度で複雑な仕組みの中で、ほんのわずかなミスが積み重なると、がんという形で現れてしまうのです。
つまり、がんは「生命の誤作動」でありながら、「生命の営みの一部」でもあるのです。
だからこそ、私たちはその仕組みを理解し、恐れすぎず、しかし油断せずに向き合うことが大切です。
日々の生活の中で少しずつ、自分の体をいたわること――それこそが、がん予防の第一歩なのです。