関連痛と放散痛【ワンポイントトリビア】

私たちが日常生活の中で感じる「痛み」には、実際に痛みを感じる場所とその原因となる場所が一致しないことがあります。このような現象を説明する際によく使われる言葉に「関連痛(かんれんつう)」と「放散痛(ほうさんつう)」があります。これらは一見すると別々のもののように思われがちですが、実は神経の構造や働きを理解すると、共通する原理で起こる現象であることが分かります。今回はこの二つの痛みの仕組みについて、神経の働きとともに丁寧に解説していきます。

■ 神経の基本構造と働き

■ 神経の基本構造と働き

人間の体には、脳から全身に向かって網の目のように神経が張り巡らされています。その大本にあたるのが「脊髄神経(せきずいしんけい)」です。脊髄神経は首から腰まで背骨の中を通っており、そこから左右に枝分かれして体のあらゆる部分へと伸びています。太さはおおよそ親指ほどもあり、各背骨の隙間から対になって枝が出ています。

たとえば、手の先に行く神経をたどっていくと、その元は首のあたりから出ている脊髄神経に行き着きます。この神経は途中でいくつも枝分かれし、肩や腕にもつながっているため、手と肩はもともと同じ神経の束の一部を共有していることになります。つまり、肩からの神経と手の神経は途中で合流し、最終的に脊髄を経て脳へとつながっているのです。

痛みや温度などの刺激は、感覚神経を通じて脳へ伝えられます。この仕組みは電線によく似ており、神経を一本の電線、脳をスイッチボードのようなものと考えると分かりやすいでしょう。手の先で受けた刺激は、電気信号のようにプラスとマイナスの電位差で伝わり、脳に届いた時点で「痛い」「熱い」などの感覚として認識されます。

■ 神経の「ショート」が生む痛みの錯覚

電線が束になって走っていると、まれに電線同士が触れ合ってショートを起こすことがあります。実は、人間の神経でもこれに似た現象が起こることがあります。脊髄の中で隣り合った神経が誤って刺激を伝えてしまうと、本来の刺激の発生源とは異なる場所に痛みを感じるという錯覚が生じるのです。これが「関連痛」や「放散痛」と呼ばれるものの正体です。

たとえば、肩に痛みがある場合を考えてみましょう。通常であれば、肩の神経を通って脳が「肩が痛い」と判断します。しかし、肩の神経と手の神経が脊髄の中で束ねられているため、そこにわずかな誤伝達(ショート)が起こると、脳は手の神経から刺激が来たと勘違いしてしまうのです。その結果、実際には肩が原因なのに、手の方に痛みを感じることが起こります。これが関連痛の典型的な例です。

同様の現象は脊髄のより深い部分でも起こることがあります。脊髄神経は首(頚椎)から腰(腰椎)まで続いており、肩や腕、腰、足などの神経がすべてそこに集まっています。そのため、肩からの痛み信号が脊髄の中で誤って腰の神経に伝わると、肩が原因にもかかわらず膝や足の痛みとして感じられることがあるのです。どのレベルでショートするかによって、痛みの感じ方が変わる――これが放散痛や関連痛の仕組みといえます。

■ 関連痛・放散痛の実際の例

この神経の錯覚による痛みは、整形外科だけでなく、内臓疾患の診断にも深く関わっています。実際に、医学的に知られている代表的な例として次のようなものがあります。

  • 狭心症・心筋梗塞:本来は心臓の痛みですが、左肩や左腕、首に痛みを感じることがあります。
  • 胆石・胆嚢炎:右上腹部の痛みが右肩に放散することがあります。
  • 膵炎:みぞおちの痛みが左肩や背中に感じられることがあります。
  • 腎結石:腰や下腹部、鼠径部(そけいぶ)に痛みが出ることがあります。
  • 虫垂炎:初期にはおへその上(心窩部)に痛みを感じ、後から右下腹部に痛みが移動します。

このように、痛みの感じ方と実際の原因部位が一致しないことは珍しくありません。医師が診察を行う際には、こうした関連痛の可能性を常に考慮しています。たとえば肩の痛みがあっても、単に肩関節そのものの問題なのか、それとも心臓や胆のうなど他の臓器から来ているのかを見極める必要があります。

■ 整形外科領域で見られる関連痛

■ 整形外科領域で見られる関連痛

整形外科でも、関連痛や放散痛はしばしば見られます。代表的なものが「五十肩(肩関節周囲炎)」です。五十肩の初期には、実際には肩が原因であるにもかかわらず、前腕や手の方に痛みを感じることがあります。これは神経の束が肩から手にかけてつながっているために起こる現象です。しばらくすると肩そのものの強い痛みが現れ、ようやく原因が明らかになることもあります。

また、腰に原因がある場合でも、痛みが腰そのものではなく、お尻の横や太ももの後ろに出ることがあります。これは坐骨神経などが関係しており、腰の神経から出た痛みの信号が、途中の枝を通って別の場所で感じられるためです。

このような場合、医師は痛みの出方だけでなく、「動かしたときに痛みが強まるか」「注射による局所麻酔が効くか」など、いくつかの検査を組み合わせて原因を見極めます。たとえば関節そのものに痛み止めを注射しても痛みが軽減しない場合は、その痛みが他の部位から来ている可能性が高いと判断できます。

■ 関連痛・放散痛を理解する大切さ

■ 関連痛・放散痛を理解する大切さ

関連痛や放散痛は、単に「痛みが移動する」「別の場所が痛む」という不思議な現象ではありません。神経がどのように束ねられ、どのように情報を脳へ伝えているのかという、身体の精密な仕組みを反映した現象なのです。

この理解は、医師が正確に診断を下すために不可欠であると同時に、患者にとっても大切です。痛みを感じる場所だけにとらわれず、「もしかすると別の場所に原因があるかもしれない」と考えることで、早期発見や適切な治療につながる場合もあります。

■ まとめ

「関連痛」や「放散痛」は、神経の束が体内で複雑に入り組み、時に情報が誤って伝わってしまうことで起こります。脊髄神経や末梢神経の中で刺激がショートすることにより、本来の痛みの発生源とは異なる部位で痛みを感じるのです。

心臓の痛みが肩に現れたり、腰の異常が足の痛みとして感じられたりする――これらの現象は決して偶然ではなく、すべて神経の仕組みに基づく合理的な現象です。
医師たちはこの原理を理解した上で診察や治療を行っていますが、私たち自身もこの仕組みを知っておくことで、痛みの背景をより深く理解できるでしょう。

痛みは体からの大切なサインです。そのサインがどこから届いているのか、必ずしも感じる場所が原因とは限らない――それが「関連痛」と「放散痛」の本質なのです。