
今回は、少し重いテーマかもしれませんが、「がん医療の闇」についてお話ししたいと思います。
今の医療現場で行われているがん治療の中には、もちろん多くの人を救っている素晴らしい治療もあります。しかしその一方で、「本当に患者さんのためになっているのか?」と疑いたくなるような部分が存在するのも事実です。
最初にお伝えしておきたいのは、これは「標準治療」を否定する話ではありません。
私自身、がんの治療では標準治療を第一にすすめていますし、実際に多くの患者さんに手術や薬の治療を行っています。
ただ、標準治療のすべてが「最高の治療」ではないという現実も知っておいていただきたいのです。中には、患者さんに利益が少ないどころか、かえって負担になってしまう治療もあります。
こういった話は、医療の世界ではあまり語られません。なぜなら、患者さんが不安になったり、医療そのものを信用できなくなってしまうおそれがあるからです。
けれども、命に関わる重大な選択をする患者さんには、いい面も悪い面も含めて、正しい情報を知る権利があります。
今回は、アメリカの医師が書いた『悪いがん治療』という本を参考にしながら、がん医療の中に潜む「3つの闇」について、できるだけわかりやすくお話しします。
まず最初は「医療費の闇」です。
近年、がん治療薬の価格は驚くほど高くなっています。たとえば「オプジーボ」という薬の名前を聞いたことがある方も多いと思いますが、実際の薬代は1か月で100万円を超えることもあり、1年では1000万円以上に達します。
このような高額な治療は、経済的な負担によって生活を圧迫することから、「経済的な副作用」とまで呼ばれることもあります。
それだけ高い薬であれば、「がんが治る」「長生きできる」という結果を期待したくなりますが、実際にはそうではありません。ある研究では、70種類以上の新しい抗がん剤を分析したところ、生存期間が伸びたのは平均でわずか2か月ほどだったという結果もあります。
つまり、値段の高さが効果の高さを意味するわけではないのです。
では、薬の価格はどうやって決まっているのでしょうか。
研究によると、薬の効果と値段の間にはほとんど関係がなく、高い薬ほどよく効くということはないそうです。なかには「がんを一時的に小さくしただけ」で、生存期間を延ばす効果がなかったものもあります。
それでも製薬会社は莫大な利益を得ており、がん治療が大きな「ビジネス」になっているという現実があるのです。
また、「経済的な利益相反」という問題もあります。
医師が製薬会社や医療機器メーカーからお金を受け取り、その会社の薬や製品を患者さんにすすめることがあるのです。もちろん、すべての医師がそうではありませんが、こうした仕組みが結果的に、患者さんにとって最も良いとは言えない治療が「標準治療」として広まってしまうこともあるのです。

次は、「エビデンスの闇」と言われる部分です。
薬が承認される際には、臨床試験と呼ばれる研究で効果が確かめられます。しかし、その臨床試験にも多くの問題があると指摘されています。
たとえば、試験に参加するのは「比較的若くて元気な患者さん」が多く、実際の患者さんの姿とは違うことが多いのです。現実には、高齢で体力が落ちていたり、持病を抱えている人がほとんどです。
そのため、臨床試験で良い結果が出ても、現場の患者さんには同じような効果が出ないこともあります。
もう一つの問題が、「代理エンドポイント」という評価方法です。
これは、薬の本当の目的である「寿命を延ばす」代わりに、短期間で測定できる「がんの大きさが小さくなったかどうか」などの指標を使うものです。
よく使われるのが「奏効率」という言葉で、がんの大きさが30%以上小さくなった患者さんの割合を示します。しかし、がんが30%小さくなったとしても、それで寿命が延びるとは限りません。むしろ、副作用で体調が悪化することもあります。
さらに、「病気が進まなかった期間(無増悪生存期間)」などの指標もよく使われますが、これも必ずしも寿命を延ばすこととは一致しません。
つまり、「数字上は効果があるように見えても、実際には患者さんの生活の質や生存期間にはあまり関係していない」というケースが少なくないのです。
では、なぜそんな指標が使われるのかというと、短期間で結果を出せるため、薬の承認が早く進むからです。
結果的に、臨床試験が「患者さんのため」ではなく「製薬会社のため」に都合よく設計されてしまうという、根本的な問題を抱えているのです。
最後は、近年注目されている「がんゲノム医療」についてです。
これは、がんの遺伝子を詳しく調べて、その人に合った薬を選ぶという「オーダーメイド治療」として期待されています。
日本でも、これまでの治療を終えた患者さんに対して、遺伝子検査が保険で受けられるようになりました。
たしかに、仕組みとしてはとても魅力的です。ところが、現実には期待ほどの成果は出ていません。
遺伝子検査で薬がうまく合う患者さんは全体のごく一部で、効果が見られても長く続かないことが多いのです。
また、従来の治療よりも効果が高いことを証明するような確実な研究結果は、まだ十分にありません。
実際のデータでは、遺伝子解析を行った患者さんの平均的な生存期間は、しなかった場合に比べてわずか1か月ほどしか延びていなかったという報告もあります。
つまり、がんゲノム医療は大きな希望である一方、まだ「夢の治療」にはなっていないのです。

ここまで、がん医療の「闇」の部分を中心にお話ししてきました。
しかし誤解してほしくないのは、だからといって今の医療がすべて悪いわけではないということです。
現に、標準治療によって多くの命が救われ、再発を防げているのも事実です。私自身、もしがんを患ったら、まず標準治療を選ぶと思います。
ただし、今後の医療をより良いものにしていくためには、こうした「光と影」の両方を正しく理解し、改善していく必要があります。
医療費の問題、企業の利益優先の構造、そして実際の患者さんに合っていない治療の仕組み──これらを少しずつでも是正していくことが、安心して治療を受けられる社会につながるはずです。
がん医療は、たしかに多くの課題を抱えています。
けれども、その課題を見つめ直すことで、もっと患者さんに寄り添った「持続可能ながん医療」を築いていけると信じています。