お酒は、日常生活の中でさまざまな場面に登場します。仕事のあとに飲む一杯を楽しみにしている方もいれば、友人との付き合いで時々飲むという方、あるいはまったくお酒を飲まないという方もいるでしょう。
どのような立場であっても、「お酒と健康」の関係は誰にとっても関心のあるテーマです。近年、国内外の研究により、アルコールはたとえ少量であっても、がんのリスクを高めることが明らかになってきました。

2020年、世界保健機関(WHO)は、「アルコールに安全な量は存在しない(No amount of alcohol is safe)」と公式に発表しました。
この背景には、世界中の研究者による大規模な調査があります。およそ10万人のがん患者を対象にした国際研究では、軽度から中程度の飲酒が原因で発症したがんが多数確認されたのです。つまり、「少しだけなら大丈夫」という考えは、もはや通用しないことが示されたのです。
お酒は、適量を守れば健康によいというイメージを持たれがちです。しかし、科学的な根拠に基づくと、アルコールはどのような量であっても、身体に悪影響を及ぼす可能性があるというのが現在の国際的な見解です。
日本でも同様の傾向が報告されています。
2020年、東京大学の研究チームは、日本人を対象にした観察研究を発表しました。その結果、1日1ドリンク(日本酒1合、ビール中瓶1本、ワイン1杯など)を10年間飲み続けると、がんの発症リスクが約5%上昇することが明らかになりました。
この研究は、「日本人はワイン一杯でも発がんリスクが上昇」という見出しでニュースでも広く紹介されました。
一見すると5%という数字は小さいように感じられますが、日常的に飲酒を続ける人が多いことを考えると、社会全体では大きな影響を及ぼすリスク上昇といえます。
しかも、がんのリスクは飲酒量に比例して増えるだけでなく、「少量でも長期間続けること」によって確実に積み重なっていくと指摘されています。

研究で用いられる「1ドリンク」という単位は、純アルコール量に換算したものです。具体的には以下のようになります。
この程度の量でも、継続して飲むことでリスクが上昇する可能性があるということです。
「アルコールに安全な量はない」というWHOの発表は、まさにこの事実を裏付けるものといえるでしょう。

一方で、「ワインにはポリフェノールが含まれているから健康によい」という話を耳にしたことがあるかもしれません。実際、海外のいくつかの研究では、ワインの摂取が死亡リスクを下げる可能性があるという報告もあります。
では、がんに関してもワインだけは例外なのでしょうか?
この疑問に答えるため、2023年8月に「Frontiers in Nutrition」という国際学術誌に興味深い研究が掲載されました。
タイトルはずばり「ワインとがんの関係(Wine and Cancer Risk)」です。
この研究では、過去に報告されたアルコールとがんに関する研究の中から「ワイン」に焦点を当てたものを集め、**合計73件の研究データを統合的に解析(メタ解析)**しました。そのうち、信頼性の高い26件の研究を最終的に採用しています。
解析の結果、ワインとがんリスクとの間には明確な関連が見られなかったという結論が得られました。
つまり、「ワインを飲むことでがんのリスクが上がるとも下がるとも言い切れない」というのが、現時点での総合的な見解です。
ただし、各研究で調査方法や対象者の条件が異なっていたため、結果の信頼度はそれほど高くないとされています。
一方、がんの種類別に分析したところ、興味深い傾向も見られました。
すい臓がん、皮膚がん、肺がん、脳腫瘍など、一部のがんでは、ワインを飲む人のほうがリスクがやや低い傾向を示したのです。
特に肺がんでは、リスク低下が比較的はっきりと見られたと報告されています。
これらの結果から、「ワインは他のアルコール飲料ほどがんのリスクを高めない可能性がある」と考えられます。
しかし、それでも「安全」とは言い切れません。研究の多くは欧米人を対象としており、体質的にお酒に弱い日本人には同じ結果が当てはまらない可能性があるからです。
日本人の多くは、アルコールを分解する酵素(ALDH2)の働きが弱い体質です。
欧米人と比べて、少量のお酒でも顔が赤くなったり、気分が悪くなったりする人が多いのはこのためです。
体内に分解されずに残ったアセトアルデヒドは、発がん性物質として知られています。つまり、お酒に弱い人ほど、同じ量でもがんリスクが高くなるということです。
このため、「ワインなら大丈夫」と考えてしまうのは危険です。
どのような種類のアルコールであっても、飲み続けることによって体内でアセトアルデヒドが発生し、がんの原因となるリスクを避けることはできません。

これまでの研究を総合すると、アルコールは少量でもがんのリスクを高める可能性があり、「安全な飲酒量」は存在しないというのが現在の科学的結論です。
ワインには一部でポジティブな結果も見られますが、体質や摂取量、生活習慣の違いによって結果が大きく変わるため、安易に「体に良い」とは言えません。
お酒は楽しい時間を演出する一方で、健康に対しては確実に負担をかけます。
「少しだけなら大丈夫」ではなく、「飲まない日を増やす」「控えめにする」といった意識の変化が、将来の健康を守る第一歩になるかもしれません。