近年、「がんウイルス療法」という新しい治療法が注目を集めています。
2024年、厚生労働省は日本で初めて、がんウイルス療法の新薬「テセルパツレブ(商品名:デリタクト)」の製造販売を承認しました。
この薬は、非常に悪性度の高い脳腫瘍「悪性神経膠腫(グリオーマ)」に対して使用されるものです。
一見、「ウイルスを使ってがんを治す」と聞くと驚かれる方も多いかもしれません。
しかし、この治療法は世界中で研究が進められており、がん治療の新たな柱として期待されています。
今回は、がんウイルス療法とはどのような仕組みなのか、そしてどんながんに効果があるのかを、最新情報を交えて解説します。

「がんウイルス療法」とは、ウイルスを利用してがんを攻撃する治療法の総称です。
もともとウイルスは感染した細胞に入り込み、増殖しながら細胞を壊します。
この性質をうまく利用し、がん細胞だけで増殖して破壊するように設計されたウイルスを使うのが、がんウイルス療法の基本的な考え方です。
この治療法にはいくつかのタイプがありますが、現在主に研究・実用化が進んでいるのが「腫瘍溶解ウイルス」です。
腫瘍溶解ウイルスは、正常な細胞には影響を与えず、がん細胞だけで増殖して破壊します。
破壊されたがん細胞からは新たなウイルスが放出され、周囲のがん細胞にも感染していくため、次第に腫瘍全体を壊していくのです。
さらに、この過程で壊れたがん細胞の断片を、免疫細胞(マクロファージや樹状細胞)が認識することで、がんに対する免疫反応が活性化されるという二次的な効果もあります。
つまり、「直接がんを壊す」と同時に、「体の免疫を目覚めさせてがんを攻撃させる」――まさに一石二鳥の治療法なのです。
世界中でさまざまな腫瘍溶解ウイルスが開発されていますが、特に注目されているのが日本発の3つのウイルスです。
2024年に承認されたテセルパツレブ(デリタクト)は、単純ヘルペスウイルスをもとに遺伝子を改変したものです。
正常な細胞では増えず、がん細胞だけで増えるように設計されています。
この薬は、手術や放射線治療など標準治療を受けた後に再発した悪性神経膠腫の患者さんを対象に臨床試験が行われました。
その結果、通常の治療では1年後の生存率が15%程度といわれるのに対し、テセルパツレブを使用したグループでは1年後の生存率が92.3%という驚くべき成果が報告されました。
脳腫瘍の中でも特に難治性とされるこの病気に対して、まったく新しい選択肢をもたらす薬として大きな期待が寄せられています。
次に紹介するのが、同じく単純ヘルペスウイルス由来の腫瘍溶解ウイルス「C-REV」です。
このウイルスの特徴は、遺伝子改変を一切加えず、自然に生まれた変異型を利用している点です。
C-REVは、日本とアメリカで悪性黒色腫(メラノーマ)を対象とした臨床試験が行われ、有効性を示すデータが得られました。
一時は承認申請まで進みましたが、最終的には審査機関の要請により申請が取り下げられています。
とはいえ、研究は継続しており、現在は頭頚部がん、再発性乳がん、切除不能のすい臓がんなどを対象とした臨床試験が進行中です。
現時点で実用化には至っていませんが、複数のがんに対して効果が期待されており、今後の発展が注目されています。
3つ目は、日本の岡山大学が中心となって開発を進めているテロメライシン(OBP-301)です。
これはアデノウイルスを遺伝子改変して作られたもので、テロメラーゼ活性というがん特有の性質を利用してがん細胞を狙い撃ちします。
テロメラーゼとは、細胞の寿命に関係する酵素で、通常の細胞では活性が低いのに対し、がん細胞では非常に高くなっています。
この性質を利用することで、ウイルスはがん細胞の中でだけ増殖し、最終的にその細胞を破壊します。
岡山大学では、食道がんに対して放射線治療と組み合わせた臨床試験が行われており、13例中8例(約6割)で腫瘍が消失したという有望な結果が報告されました。
そのほか、肝臓がんや頭頚部がんでも試験が進められています。
この薬は2023年以降、中外製薬によって先駆け審査指定制度を利用し、承認申請を目指している段階です。

ウイルスを使うと聞くと、「感染症のような副作用はないの?」と心配される方も多いでしょう。
実際、ウイルスが体内で活動するため、発熱や倦怠感など、軽い風邪のような症状が出ることはあります。
しかし、これまでの臨床試験では重篤な副作用はほとんど報告されていません。
むしろ、従来の抗がん剤や放射線治療に比べると安全性が高いと考えられています。
現時点では、ウイルスを直接腫瘍に注入する必要があるため、以下のようながんが主な対象となります。
将来的には、点滴や注射など全身投与が可能なウイルスも開発が進んでおり、より多くのがん種に適応が広がる可能性があります。

現在、日本で承認されているのは脳腫瘍(悪性神経膠腫)に対するテセルパツレブのみです。
そのほかのがんについては、まだ臨床試験の段階であり、承認までは少なくとも2~3年はかかる見込みです。
しかし、これまで治療の難しかったがんに対しても効果が見られ始めており、
がんウイルス療法は「第4のがん治療法(手術・放射線・抗がん剤に続く)」として、世界的にも大きな期待が寄せられています。
がんウイルス療法は、「ウイルス=病気の原因」という従来のイメージを覆す、画期的な治療法です。
がん細胞だけに感染して壊すという高い選択性を持ち、さらに免疫を活性化して再発を防ぐ可能性もあります。
まだ発展途上の段階ではありますが、脳腫瘍をはじめとした難治性がんに対する有効な選択肢として、
近い将来、より多くの患者さんの治療に役立つ日が来ることが期待されています。
がん治療の歴史の中で、ウイルス療法は確実に「次の時代の希望」になりつつあります。
今後の研究と臨床応用の進展に、ぜひ注目していきましょう。