
今回は、「がんの生存期間を左右する意外な存在」についてお話しします。
それは――なんと、私たちの体の中に住んでいる“腸内細菌”です。
2022年に日本の研究チームが、世界的な医学雑誌「Gastroenterology」に興味深い研究結果を発表しました。
その研究は、すい臓がんの患者さんを対象に、生存期間を比較したものです。
患者さんを2つのグループに分けて調べたところ、「グループA」の人たちのほうが、「グループB」の人たちよりも長く生きられていたのです。
では、そのグループ分けは何を基準に行われたのでしょうか?
実は、「腸内細菌の種類」だったのです。
治療前に採取した便を分析したところ、ある特定の腸内細菌のパターンをもつ人たちは、がんの進行が遅く、長く生きている傾向があったのです。
その人たちの腸の中には、「酪酸」や「酢酸」といった“短鎖脂肪酸”を作る細菌が多く見つかりました。
これらの成分は、体の免疫機能を整える働きがあることが知られています。つまり、腸内環境が良い人ほど、がんに対する抵抗力も高くなっていた可能性があるのです。
要するに――すい臓がんの余命を左右していたのは、「腸内細菌」だった、というわけです。
腸内細菌は、単に食べたものを消化するためにあるのではありません。
実は、体の炎症を抑えたり、免疫の働きを整えたりと、全身の健康を守るために欠かせない存在です。
腸内環境が乱れると、体に炎症が起こりやすくなり、免疫の働きが弱まって、がんになりやすくなることが分かっています。
しかも、腸の中だけでなく、胃がん・すい臓がん・乳がん・肺がんといった他の臓器のがんにも、腸内細菌が関係していることが多くの研究で報告されています。
たとえば、歯周病を引き起こす口の中の悪い菌が腸に届き、そこからすい臓に移動して炎症を起こすことで、がんの発生や進行に関わっていると考えられています。
実際、がんの組織そのものの中に細菌が見つかることもあります。
また、腸の中の細菌のバランスが崩れると、全身の免疫力が落ち、すい臓がんが進行しやすくなるという報告もあります。
つまり、腸内細菌は、がんの発生や進行を“遠くからコントロールしている”ともいえるのです。
近年では、「腸内細菌を整えることで、がん治療の効果を高められるのではないか」という考え方が注目されています。
現在、世界中で腸内環境を改善する新しい治療法が研究されています。ここでは、その中から3つの方法をご紹介します。
一部の悪い菌は、がんの進行を助けたり、薬の効きを悪くしたりすることがあります。
そこで、そうした菌を抗生物質で減らすことで、治療効果を高めるという考え方があります。
実際に、すい臓がんの患者さんを対象とした研究では、抗がん剤治療と同時に抗生物質を使っていた人のほうが、生存期間が長かったという結果もあります。
ただし、抗生物質は悪い菌だけでなく、体に良い菌まで減らしてしまうため、免疫が弱まるおそれもあります。慎重な使い方が必要です。
次に注目されているのが、「善玉菌」と「そのエサ」を摂るという方法です。
プロバイオティクスとはヨーグルトや納豆などに含まれる善玉菌のこと。
プレバイオティクスは、その善玉菌のエサになる食物繊維やオリゴ糖などを指します。
2021年の研究では、皮膚がんの患者さんのうち、食物繊維を多く摂っていた人ほど免疫治療の効果が高かったと報告されています。
つまり、腸内環境を整える食事は、がん治療の味方になるかもしれません。
聞き慣れないかもしれませんが、「便を移植する」という方法も研究されています。
健康な人の便(つまり腸内細菌)をカプセルにして飲んだり、直接腸に入れたりすることで、患者さんの腸内環境を理想的な状態に近づけるという試みです。
2021年には、免疫治療がうまく効かなかったがん患者さんに、治療効果が高かった人の便を移植したところ、腫瘍が小さくなったという報告もありました。
まだ研究段階ですが、腸内細菌ががん治療のカギを握っていることを示す、象徴的な例といえます。
では、私たちは日常生活の中で、どうやって腸内環境を整えればいいのでしょうか?
ここでは、すぐにできる3つの「腸活習慣」をご紹介します。
がんの原因のひとつに、歯周病菌などの口の中の悪い菌が関係しているといわれています。
これらの菌は、腸に届いて腸内環境を乱し、がんを進めてしまうこともあります。
毎日の歯磨きはもちろん、歯間ブラシやデンタルフロスを使って歯と歯の間の汚れも落としましょう。
さらに、定期的に歯科を受診して、歯石の除去や歯磨き指導を受けることも大切です。
ヨーグルト、納豆、チーズ、キムチなどの発酵食品には善玉菌が多く含まれています。
これらを毎日少しずつ取り入れることで、腸内のバランスを整えやすくなります。
また、オリゴ糖や食物繊維も善玉菌のエサになります。
砂糖の代わりにオリゴ糖を使ったり、野菜・果物・玄米などの未精製穀物を意識的に摂るのがおすすめです。
トウモロコシから作られる「難消化性デキストリン」なども、腸の働きをサポートしてくれます。
「脳と腸はつながっている」とよく言われますが、実際に、心のストレスが腸内細菌のバランスを崩すことが知られています。
無理をせず、リラックスする時間を意識的に作ることが、腸内環境を整える第一歩です。
趣味の時間を持つ、深呼吸をする、軽い運動を続ける――そんな小さな習慣が、腸を元気にしてくれます。

がんの進行や治療効果は、薬や手術だけでなく、「腸の中の小さな生きものたち」にも左右されていることが、近年の研究で明らかになってきました。
腸内細菌は、私たちの体を守る“もう一人の医者”のような存在です。
腸を整えることは、がんの予防や再発防止、さらには治療の効果を高めることにもつながります。
毎日の食事や生活習慣を少し見直して、体の中の“仲間たち”と仲良く過ごす――
それが、がんで負けない体をつくる第一歩なのかもしれません。