「がんは遺伝するのか?」という問いに対して、医学的には「一部のがんには遺伝的要因が関わる」と言われています。その代表的なものが、BRCA(ビーアールシーエー)遺伝子の変異によって発症リスクが高まるがんです。
BRCA遺伝子は本来、細胞のDNAが傷ついたときに修復する働きを持つ“がん抑制遺伝子”ですが、この遺伝子に変異が起こると、DNAの修復がうまくいかなくなり、細胞が異常なまま増殖してがんが発生しやすくなります。
BRCAの変異は親から子へ受け継がれるため、「遺伝性がん」の原因となります。これまで、乳がんや卵巣がんといった女性特有のがんで注目されてきましたが、近年の研究で、男性を含む他のがんにも関係していることが明らかになってきました。今回は、日本から発表された最新の研究をもとに、BRCA遺伝子変異でリスクが高まる7つのがんについてご紹介します。
BRCA遺伝子は「Breast Cancer susceptibility gene(乳がん感受性遺伝子)」の略で、BRCA1とBRCA2の2種類があります。
この遺伝子は、傷ついたDNAを修復する重要なタンパク質を作る設計図のような役割を担っています。つまり、正常に働いていればがんの発生を防ぐ“守り神”のような存在です。
しかし、BRCA遺伝子に病的な変異(バリアント)があると、その修復機能が失われ、細胞の中にDNA損傷が蓄積してしまいます。結果として、がんの発生リスクが高くなるのです。
この変異は生まれつき存在することがあり、親から子へ50%の確率で遺伝します。

2022年4月、医学誌『JAMA Oncology』に日本の国際共同研究グループによる注目の論文が掲載されました。
研究では、14種類のがん(乳がん、肺がん、子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がん、食道がん、胃がん、大腸がん、肝がん、リンパ腫、すい臓がん、胆道がん、腎がん、前立腺がん)を対象に、10万人以上(患者約6万5千人、健常者約3万8千人)のBRCA1/2遺伝子を解析しました。
その結果、これまで知られていた「乳がん」「卵巣がん」「前立腺がん」「すい臓がん」に加えて、新たに3つのがん──食道がん・胃がん・胆道がんでもリスクが高まることが判明しました。
つまり、BRCA遺伝子の変異は合計7種類のがんで発症リスクを上昇させることが確認されたのです。
研究によって明らかになった、85歳までに各がんを発症する「累積リスク」は以下の通りです。
| がんの種類 | BRCA1変異の場合 | BRCA2変異の場合 |
| 乳がん(女性) | 72.5% | 58.3% |
| 卵巣がん | 65.6% | ― |
| 前立腺がん | ― | 24.5% |
| すい臓がん | 16.0% | 13.7% |
| 食道がん | ― | 5.2% |
| 胃がん | 約20% | 約20% |
| 胆道がん | 11.2% | ― |
特に注目すべきは、男性乳がんの約18.9%がBRCA2変異を持つという結果です。男性にとってもBRCA遺伝子は無関係ではなく、家族に乳がんやすい臓がんの既往がある場合には、男性も遺伝子検査を受ける意義があると考えられます。
これまでBRCA遺伝子変異は女性のがんという印象が強くありましたが、今回の研究では消化器系のがんでもリスクが高まることが分かりました。
食道がん、胃がん、胆道がんは日本人に多いがんであり、これらにBRCA変異が関与している可能性が示されたことは、予防医学の観点からも大きな意味を持ちます。
特に胃がんでは、BRCA1・2のいずれの変異でも約20%と高いリスクが示されています。これは、胃がん患者の一部に遺伝的な背景が存在することを示唆する重要な結果です。

近年、BRCA1/2変異を持つがん患者に対して特に効果を発揮する治療薬が登場しています。
それがPARP(パープ)阻害剤です。
PARPとは、DNAの修復を助ける酵素の一種です。BRCA遺伝子が変異している細胞はすでにDNA修復機能が損なわれているため、PARPを阻害されると修復が完全にできなくなり、がん細胞が死滅します。
つまり、「DNA修復ができないがん細胞を、あえて追い詰めて死滅させる」仕組みです。
現在、日本では以下のがんに対して保険適用があります。
さらに、今回新たにリスク上昇が確認された食道がん・胃がん・胆道がんにおいても、PARP阻害剤が有効である可能性が示唆されています。今後、臨床試験の結果次第では、これらのがんにも適応が広がるかもしれません。
BRCA変異は遺伝するため、自分に変異があるとわかった場合、家族にも同じ変異を持つ可能性があります。
そのため、検査結果をもとに家族が早期に検査や定期的な検診を受けることが、将来的ながん予防につながります。
日本でも、BRCA検査は一部の医療機関で保険適用が始まっており、乳がんや卵巣がんの家族歴がある方には特に検討が勧められます。
検査自体は血液を採取するだけで行うことができ、結果に基づいて適切なフォローアップ計画を立てることが可能です。

今回の研究により、BRCA遺伝子変異が関係するがんは7種類に広がり、女性だけでなく男性、さらに消化器がんにも関係することが明らかになりました。
重要なのは、「遺伝子変異がある=必ずがんになる」というわけではないということです。
しかし、リスクを知ることで、定期的な検診や生活習慣の改善、そして早期発見・早期治療へとつなげることができます。
さらに、PARP阻害剤のように、遺伝子の特徴を逆手に取った新しい治療も登場しています。
遺伝子を調べることは「運命を知ること」ではなく、「未来を守るための一歩」と言えるでしょう。