乳がんに期待の新治療:腫瘍浸潤リンパ球(TIL)を使った個別化免疫療法

乳がんに対して期待される新しい「個別化免疫療法」というお話です

乳がんに対して期待される新しい「個別化免疫療法」というお話です

今回は、乳がんに対する新しい治療法の臨床試験についてのお話です。
「免疫療法」という言葉を耳にしたことがある方も多いと思います。もともと私たちの体には、ウイルスや細菌などの異物を攻撃する「免疫」という仕組みがあります。がんも、この免疫の力で攻撃されることがあります。
しかし、乳がんの中でも特に「ホルモン受容体陽性」と呼ばれるタイプは、免疫がうまく働きにくく、免疫療法が効きづらいと考えられてきました。

ところが、アメリカの国立がん研究所が2022年に発表した報告によると、転移した乳がんに対して「個別化免疫療法」と呼ばれる新しい方法を使ったところ、驚くような効果が見られたというのです。
これは、まだ実験段階の治療法ですが、「自分自身の免疫細胞を使って、自分のがんを攻撃する」という、まさにオーダーメイドの治療です。

自分の免疫細胞を使ってがんを攻撃する

この治療では、まず患者さんのがん組織から「免疫細胞(リンパ球)」を取り出します。
これらの細胞は、がんの近くに集まっているもので、「がんを攻撃しようとしている兵隊」のような存在です。
研究では、この細胞を体の外で丁寧に育てて増やし、数を十分に確保したうえで、再び患者さんの体に戻す、という方法が取られました。

この免疫細胞は「TIL(ティル)」と呼ばれます。日本語では「腫瘍浸潤リンパ球」といい、がんを見つけ出して攻撃する能力を持った細胞です。
つまり、がんを直接攻撃できる「頼もしい味方」を増やして体に戻す、というのがこの治療の大きな特徴です。

臨床試験で見えた明るい兆し

臨床試験で見えた明るい兆し

この研究は、これまでの治療で効果が見られなかった転移性の乳がん患者さん42人を対象に行われました。
そのうち6割がホルモン受容体陽性という、これまで免疫療法が効きにくいとされていたタイプでした。

研究チームは、患者さんのがん組織から免疫細胞を取り出して調べたところ、42人中28人(約7割)に「がんを見つけて攻撃しようとする反応」が確認できたのです。
つまり、多くの患者さんの体の中では、すでにがんに立ち向かおうとする免疫の力が働いていたということになります。

この中から特に反応が強かった6人に対して、実際にTILを増やして戻す治療を行いました。
さらに、戻したTILが体の中でしっかり働けるように、あらかじめ抗がん剤を使って体内の免疫バランスを整え、免疫のブレーキを外す薬(免疫チェックポイント阻害薬)も併用しました。

半数の患者さんでがんが小さくなった

その結果、6人のうち3人(50%)で腫瘍が小さくなり、そのうち2人は「部分的に消えた状態」、そして1人は「完全に消えた状態」になったのです。
特に完全に消えた方では、胸の壁や肝臓にあった転移したがんが治療後にすべてなくなり、その後5年以上にわたって再発していないと報告されています。

がんが完全に消えるというのは、通常の治療でもめったに見られないことです。
ましてや、転移してしまった進行乳がんでこのような結果が得られたのは、非常に希望の持てる出来事といえます。

「個別化免疫療法」とはどんな治療か

このTIL療法は、すべての患者さんに同じ薬を使う治療ではなく、「患者さん一人ひとりの体に合わせた治療」です。
それぞれの人のがんには、遺伝子の違いによって生じる「目印(ネオアンチゲン)」があり、その目印を見つけて攻撃する免疫細胞を選び出すのがポイントです。

つまり、自分のがんの特徴を知り、そのがんだけを狙う免疫細胞を強化して戻す——。
まさに、「自分専用の免疫軍隊を育てて送り込む」という発想です。

この方法は、これまでの抗がん剤や放射線治療のようにがん細胞と同時に正常な細胞も傷つけることが少ないと考えられ、より「体に優しいがん治療」として注目されています。

乳がん以外への応用にも期待

このTIL療法は、乳がんだけでなく、他の種類のがんにも応用できる可能性があります。
実際に、皮膚がんの一種であるメラノーマでは、70%以上の患者さんで効果が確認されたという報告があります。

さらに、日本でも慶應義塾大学医学部が「子宮頸がん」を対象にTIL療法の臨床試験を進めています。
こちらの結果はまだ出ていませんが、もし有効性が確認されれば、TIL療法が保険で受けられる日も遠くないかもしれません

新しい希望の光

新しい希望の光

今回の研究からわかったのは、乳がん患者さんでもしっかりと免疫の力が働いていること、そしてそれを活かせば、これまで治療が難しかったケースでも効果を上げられる可能性があるということです。

もちろん、まだ少人数での臨床試験段階であり、すぐに一般の治療として受けられるわけではありません。
しかし、確実に一歩前進したことは間違いありません。
今後、より多くの患者さんを対象とした大規模な臨床試験で結果が確かめられ、実際の治療法として広がっていくことが期待されています。

標準治療が効かなくなったとき、「もう方法がない」とあきらめざるを得なかった方々にとって、このTIL療法は新しい希望となる可能性があります。
免疫の力を最大限に引き出して、自分自身の体でがんを克服する——そんな時代が、少しずつ現実のものになろうとしています。