すい臓がんに対する「がんゲノム医療」で生存率が改善:遺伝子パネル検査に基づいた新しい治療法に期待

すい臓がんは、いまだ「最も治療が難しいがん」の一つとされています。診断時にはすでに進行していることが多く、標準治療だけでは思うような効果が得られないケースも少なくありません。しかし近年、がんの遺伝子情報(ゲノム)を調べ、その異常に合わせて治療薬を選ぶ『がんゲノム医療』が各がん種で広がりつつあります。

肺がん、大腸がん、乳がんなどでは、すでに遺伝子に基づく治療が標準的に導入され、治療成績を大きく向上させています。一方で、すい臓がんに対するゲノム医療はまだ研究段階であり、治療の選択肢として確立しているとは言えません。

しかし、最近海外からすい臓がんに対するゲノム医療の有効性を示す注目すべき研究結果が報告されました。本記事ではその内容をわかりやすく解説し、すい臓がんにおけるゲノム医療の現状と今後の展望についてご紹介します。

がんゲノム医療とは何か

がんゲノム医療とは何か

がんは「遺伝子の病気」といわれます。細胞の中にあるDNAに傷が入り、その修復がうまくいかないことで細胞が暴走し、増殖し続けるようになるのです。

がんゲノム医療では、

  • がん細胞にどのような遺伝子変異があるかを詳細に解析し、
  • その変異にピタリと合う薬(分子標的薬)を選ぶ

という“オーダーメイド型”の治療を行います。

この遺伝子解析に用いる検査が「がん遺伝子パネル検査」です。日本でも2019年から保険適用となり、多くの病院で実施可能となっています。

すい臓がんはなぜ難しいのか

すい臓がんは他のがんと比べて、以下のような特徴があります。

  • 初期症状が乏しく、早期発見が難しい
  • 肝臓や腹膜に転移しやすい
  • 標準的な抗がん剤治療の効果が限られている
  • 手術後も再発しやすい

これらの理由から、すい臓がんにおける5年生存率は依然として低い状況です。

しかし、ゲノム医療の登場により、この状況に大きな変化が訪れる可能性が出てきました。

すい臓がん患者677人を解析した最新研究

すい臓がん患者677人を解析した最新研究

今回ご紹介するのは、海外で行われた大規模研究です。
研究では、677人のすい臓がん患者に対してゲノム解析を行い、治療効果との関係を調べました。

◎ 約3割に「治療薬が存在する遺伝子異常」が見つかった

分析の結果、
189人(28%)に分子標的薬が使用できる遺伝子異常が存在していました。

すい臓がんは遺伝子異常が多いことで知られていますが、今回の研究は「その中の一部は治療につながる」ことを示しています。

◎ 患者は3つのグループに分けられた

研究では、すい臓がん患者を以下の3グループに分類し、生存期間を比較しました。

  1. がんゲノム医療群(46人)
    → 適合する分子標的薬があり、実際にその薬で治療した患者
  2. 非対応薬治療群(143人)
    → 遺伝子異常は見つかったが、標準治療(通常の抗がん剤)を受けた患者
  3. 標的可能遺伝子変異なし群(488人)
    → 分子標的薬の対象となる遺伝子変異が見つからなかった患者

生存期間が「約1年」長くなる結果に

注目すべきは、生存期間の違いです。

▼ 生存期間中央値

  • がんゲノム医療群:2.58 年
  • 非対応薬治療群:1.51 年
  • 標的可能遺伝子変異なし群:1.32 年

つまり、
ゲノム医療を受けた患者は標準治療のみの患者に比べて、生存期間が1年以上延びた ことになります。

さらに、がんゲノム医療群では
死亡リスクが約60%低下
していたことも明らかとなりました。

これは、すい臓がん治療の歴史において非常に大きな意味を持つ結果だと言えます。

現在、日本で受けられる「がん遺伝子パネル検査」

日本では以下の条件で遺伝子パネル検査を受けることができます。

  • 費用:56万円(3割負担で約16万8千円)
  • 対象:標準治療が終了した固形がん患者
  • 回数:患者一人につき1回のみ保険適用

すい臓がん患者の場合、治療の選択肢が限られることが多いため、遺伝子パネル検査で新たな治療薬の可能性が見つかる意義は非常に大きいと言えます。

実際にすい臓がんで見つかる遺伝子異常とは?

すい臓がんで見つかりやすい遺伝子異常には、例えば以下のものがあります。

  • BRCA1/2 変異
     → PARP阻害薬(オラパリブなど)が有効
  • PALB2 変異
     → BRCAと同様にDNA修復に関わり、PARP阻害薬が効く可能性
  • NTRK融合遺伝子
     → トラセクチニブなどの特効薬が存在
  • MSI-H / dMMR
     → 免疫チェックポイント阻害薬が著効するケースがある

実際に、BRCA遺伝子変異を持つすい臓がんには、PARP阻害薬オラパリブがすでに保険適用となり、生存期間を延ばす効果が確認されています。

ゲノム医療は「全員に効く治療」ではない

注意が必要なのは、以下の点です。

  • 遺伝子異常が見つかる人は約20〜30%
  • 見つかっても薬があるとは限らない
  • 薬があっても実際に効果が得られる保証はない

それでも、研究の結果が示すように、
遺伝子情報に基づく治療”を受けられた患者の予後は明確に改善する
という点は、すい臓がん治療の希望となっています。

今後のすい臓がん治療はどう進むか

今後のすい臓がん治療はどう進むか

今後期待されるポイントは次の通りです。

● 遺伝子パネル検査の対象拡大

現在は「標準治療が終わった後」にしか受けられませんが、
将来的には診断直後から行える可能性があります。

● 新しい分子標的薬の開発

PARP阻害薬のみならず、RNA医薬、免疫療法との組み合わせなど、新たな治療が多数研究されています。

● すい臓がん特有の遺伝子異常への薬の開発

KRAS遺伝子異常など、すい臓がんで最も多い変異にも効く薬が開発されています。

おわりに

すい臓がんは治療が難しいがんの代表格ですが、“治療が難しいからこそ”ゲノム医療の恩恵を最も強く受ける可能性があります。

今回の大規模研究が示したように、
「遺伝子異常に合った分子標的薬を使うだけで、生存期間が1年以上延びる」
という事実は、すい臓がん治療に大きな革命をもたらすものです。

遺伝子パネル検査を通じた個別化医療、精密医療がより広く普及することで、すい臓がん患者の予後は今後さらに改善していくことでしょう。

“遺伝子から治療を選ぶ時代” は、すい臓がんでも確実に近づいています。