すい臓がん(膵がん)は、日本において年々患者数が増えているがんのひとつです。近年では、がんによる死亡数の第4位を占めるまでになり、社会的にも大きな関心が寄せられています。すい臓がんが「難治性のがん」と呼ばれる理由はいくつかありますが、その大きな要因は、診断がついた時点で既に進行しているケースが多いことにあります。重要な血管に浸潤していたり、遠くの臓器へ転移していたりするため、手術ができない状態で見つかることが珍しくありません。その結果、現在でも5年生存率は10%を下回る厳しい状況が続いています。
しかし近年、医療技術の進歩により、進行・再発すい臓がんに対しても新しい治療法が次々に登場しています。とくに、がんの遺伝子異常や特徴に合わせて治療を選択する「個別化医療」がすい臓がんにも広がりつつあり、治療の可能性がわずかでも広がってきていることは大きな希望といえます。
本記事では、現在注目されている3つの新しい治療法を、一般の方にもわかりやすく解説します。

最初に紹介するのは、免疫チェックポイント阻害剤として知られる「キイトルーダ(ペンブロリズマブ)」です。この薬剤は、肺がんなどで劇的な治療効果を示したことで世界的に注目を集めましたが、2018年12月からは一部のすい臓がんにも使用できるようになりました。
ただし、すい臓がんでキイトルーダが使えるのは、特定の遺伝子異常を持つ患者さんに限られます。その対象となるのが「MSI-High(高頻度マイクロサテライト不安定性)」という性質を持つがんです。これは、遺伝子の修復に関わる仕組みがうまく働かないタイプのがんで、化学療法を行ったにも関わらず病状が進行した場合に使用が認められています。
MSI検査によってMSI-Highが確認されれば、保険適用で治療が受けられるようになりました。しかし、すい臓がんではMSI-Highの患者さんは5%以下とされており、残念ながら対象となる方はごく一部に限られます。また、すい臓がんに対するキイトルーダの効果や安全性については、まだ十分なデータが揃っていない段階であり、今後の臨床研究が期待されています。
とはいえ、「遺伝子の特徴に応じて薬を選ぶ」という個別化医療がすい臓がんでも進みつつあることは、治療選択肢の広がりにつながる重要な一歩といえるでしょう。

すい臓がんが進行すると、がん細胞がばらばらと腹腔内に散らばる「腹膜播種(ふくまくはしゅ)」という状態が起こることがあります。腹膜播種は治療が非常に難しく、腸閉塞や腹水などの合併症を引き起こし、患者さんの生活の質(QOL)を大きく損なう原因ともなります。
この腹膜播種に対して新たな治療の希望となりつつあるのが、S-1とパクリタキセルを組み合わせた治療法です。S-1はすい臓がんの標準治療として広く使われている経口抗がん剤で、一方のパクリタキセルは乳がんや胃がんなどで実績のある抗がん剤です。この治療法では、パクリタキセルを点滴(静脈)から投与するだけでなく、腹腔内にも直接投与します。お腹の中に直接薬を届けることで、腹膜播種に対する治療効果を高める狙いがあります。
国内の多施設で行われた第2相臨床試験では、治療を受けた患者さんの「生存期間中央値」は16.3か月で、1年生存率が62%、2年生存率が23%という良好な結果が報告されました。従来の治療と比べても前向きなデータであり、多くの医師が注目している治療法です。
現在は、この治療法の効果をさらに明確にするため、日本国内で無作為化比較第3相試験が進められており、今後標準治療として位置づけられる可能性があります。腹膜播種は治療が困難とされてきただけに、この新しい治療法への期待は大きく高まっています。
最後に紹介するのは、遺伝子治療の最前線ともいえる薬剤「オラパリブ」です。オラパリブは、DNAの修復に関わる酵素(PARP)を阻害する分子標的薬で、日本ではすでに卵巣がんや乳がんの一部で使用されています。
すい臓がんに対しては、BRCA遺伝子に変異のある患者さんを対象にした臨床試験で、オラパリブの有効性が示されました。試験では、オラパリブを使用した患者さんの無増悪生存期間が、プラセボ(偽薬)を使用したグループの約2倍に延びたという結果が出ています。
この研究成果を受け、米国FDA(食品医薬品局)は2019年12月に、BRCA変異陽性で転移があるすい臓がん患者に対してオラパリブを「維持療法」として承認しました。続いて、EUでも2020年に承認が行われています。
ただし、日本国内ではまだすい臓がんに対する適応は承認されていません。BRCA変異がある患者は全体の一部ですが、治療の選択肢が限られるすい臓がんにおいて、新しい希望となる可能性を秘めた薬剤です。

すい臓がんは依然として難治性のがんではあるものの、ここ数年で治療の幅は確実に広がっています。免疫療法、腹腔内投与による新しい抗がん剤治療、遺伝子変異に基づく分子標的薬など、いずれも「患者一人ひとりのがんの特徴に合わせて治療する」という方向性に向かっています。
今後さらに研究が進み、より効果的で安全な治療法が確立されれば、すい臓がん治療の未来は大きく変わるかもしれません。患者さんご自身やご家族が希望を持てる医療が広がっていくことを願いながら、今後の進展に注目していきたいところです。