
今回は、近年話題になっている本『イタリア人医師が発見した ガンの新しい治療法』で紹介されている、「重曹を使ってがんを治す」という主張について、その内容が本当に信頼できるのか、効果があるのかどうかを調べてみたお話です。
もちろん、ここでお伝えするのは私が確認できた範囲での情報ですので、鵜呑みにするのではなく、ひとつの参考として受け止めていただければと思います。
まず、この本は発売当初から注目を集め、YouTubeでも取り上げられ、現在でも「がん関連書籍」として売れ行き上位にあります。著者は「ホメオスタシス総合臨床家」という肩書の世古口裕司さん。気功や整体を中心とした施術をされている方で、医師ではありません。
一方、監修者として名前が挙がっているのが、イタリア人で腫瘍学の医学博士と紹介されているトゥリオ・シモンチーニ氏です。
このシモンチーニ氏、実は以前から物議を醸してきた人物で、2019年に本の広告が朝日新聞に掲載された際には、腫瘍内科医の勝俣範之先生が「この治療法ががんに有効であるという科学的根拠はありません」とSNSで発信しました。
その後、朝日新聞社も「この治療法の発見者とされる人物が、現地の報道によればイタリアで医療行為を禁じられた」とコメントを出しています。
詳しい経緯を追うと、シモンチーニ氏は2003年にイタリアの医学界から排除され、2006年には患者を亡くしたとして禁錮刑となっています。さらに服役後も同じ治療を続け、2018年には重篤な患者を亡くしたとして再び禁錮刑を受けた、と報じられています。情報のすべてが完全に正しいかは判断できませんが、少なくともこのような経歴の持ち主であることは確かです。
さて、この本では「がんに対する独自の考え」が大きく2つ述べられています。ひとつずつ見ていきましょう。

シモンチーニ氏は、「すべてのがんはカンジダという真菌が原因である」と説明しています。
その理由として挙げられているのは、
という点です。
しかし、これだけでは「がんの正体が真菌である」と考えるには無理があります。
たしかに、一部のがんの中に真菌が存在することが報告されることはあります。実際、2019年にアメリカで「すい臓がんの進行に真菌が関わっている可能性がある」という研究が発表されました。
ですが、これは動物実験を中心にした研究で、「真菌そのものががんをつくる」という意味ではありません。しかも、関与していた真菌はカンジダではなく、別の種類のマラセチアでした。
さらに、がんの原因は非常に複雑で、ひとつの理由で説明できるものではありません。
たとえば、胃がんにはピロリ菌、肝臓がんには肝炎ウイルスといった、すでに確実な因果関係が証明された原因があります。これらをすべて否定して「がんは真菌だけが原因」とするのは、現実的ではありません。
次に、もっと大きな主張があります。それが「重曹でがんが治る」というものです。
理由は、「がんの原因が真菌なので、真菌に弱い重曹を使えば治せる」という説明です。
本の中では、「数千人のがん患者を治療し、その96%が克服した」とまで書かれています。
ですが、この主張には大きな疑問が残ります。
まず、シモンチーニ氏はこの治療法を学会や専門雑誌に一度も発表していません。
本当に効果があるのであれば、世界中の研究者が注目するはずですが、そうした報告は存在しないのです。
さらに、「重曹で真菌を完全に退治できる」という科学的根拠はありません。治療の前後で真菌がなくなったというデータも出されていません。
そしてもうひとつ重要な点があります。
たとえ真菌ががんの進行に少し関わっていたとしても、「原因を取り除けば、すでにできたがんが消える」ということはありません。
実際、ピロリ菌を除菌しても胃がんが治るわけではありませんし、肝炎ウイルスを抑えても肝臓がんが消えるわけではありません。
本では、重曹水の飲用や浣腸がすすめられていますが、これらにはリスクがあります。
とくに重曹水を飲みすぎると、塩分の摂り過ぎとなり、血圧上昇やむくみを招く恐れがあります。
さらに、膀胱がんに対しては「カテーテルを自分で挿入して重曹水を入れる」と書かれていますが、これは感染やケガの危険があり、とても安全とは言えません。
過去には、昭和30年代に耳鼻科の分野で重曹を治療の補助として使ったという報告がありました。しかし、それ以降は研究が続いておらず、効果を証明する信頼性の高い研究は一つもありません。
現在、重曹の注射液自体は「アシドーシス」「めまい」などに使われていますが、「がん」は対象ではありません。
また、民間の団体が重曹を使ったがん治療の症例を集めようとしているようですが、安全性が保証されているわけではなく、学術的に信頼できるものでもありません。

ここまでの情報をまとめると、
という状況です。
そのため、「重曹でがんが治る」という考え方は非常にリスクが高いと言えます。
健康に関わる情報はインパクトのある言葉ほど広まりやすいですが、大切なのは「科学的に信頼できる根拠があるかどうか」です。とくにがんのような病気に関しては、信頼できる情報をもとに、安心して治療を選べることが何より重要です。