筋肉やせ(サルコペニア)は、がん免疫チェックポイント阻害薬が効かないサイン

近年、がん治療は大きく進歩し、その中でも「免疫チェックポイント阻害薬」は革新的な治療法として注目を集めています。オプジーボ(ニボルマブ)やキイトルーダ(ペムブロリズマブ)に代表されるこれらの薬は、がん細胞に“だまされていた免疫”を再び活性化し、がんを攻撃させるという全く新しいアプローチです。

肺がんをはじめ、さまざまながんで治療効果が証明され、日本でも多くの患者さんがこの治療を受けています。一方で、すべての患者さんに効果があるわけではなく、「効く人」と「効かない人」がいることも分かってきました。

従来は、がん細胞側の要因(PD-L1の発現量や遺伝子異常)、患者の腸内環境といった研究が中心でした。しかし近年、まったく新しい視点で治療効果を左右する要因が注目されています。

それが 「筋肉量」 です。

今回は、日本の研究グループが発表した「サルコペニア(筋肉やせ)と免疫治療の効果の関係」について詳しく紹介するとともに、筋肉が免疫と深く結びついている理由、筋肉量を維持するための実践方法についても丁寧に解説していきます。

そもそもサルコペニアとは?― 加齢だけでなく、がん治療にも影響する“筋肉の病気”

「サルコペニア」という言葉は、近年になって一般にも知られるようになりましたが、まだなじみがない方も多いかもしれません。

サルコペニアとは、
加齢、栄養不足、慢性疾患、身体活動量の低下などによって筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下した状態を指します。

主な原因は次のとおりです。

  • 加齢による筋肉の自然な減少
  • 栄養摂取量の低下(特にタンパク質)
  • 慢性炎症や慢性疾患
  • 寝たきりや活動量の著しい低下
  • がんそのものによる消耗(がん悪液質)

サルコペニアになると、
「疲れやすい」「歩くのが遅くなる」「転倒しやすい」
といった日常の不調に現れますが、実はこれらの問題だけではありません。

近年では、サルコペニアは“免疫機能の低下”とも密接に関連していることが明らかになってきました。つまり、筋肉が少ないことは健康寿命だけでなく、がん治療の成績にも影響を及ぼす重大な問題なのです。

免疫チェックポイント阻害薬とは?― 免疫が本来の力を取り戻す治療

免疫チェックポイント阻害薬とは?― 免疫が本来の力を取り戻す治療

免疫チェックポイント阻害薬は、従来の抗がん剤とはまったく異なった仕組みでがんを攻撃します。

通常、免疫細胞(T細胞)は、体内に異常な細胞を見つけて攻撃する役割を持っています。しかし、がん細胞は自分を守るために「PD-L1」というタンパク質を出し、免疫細胞のブレーキ役である「PD-1」に結合することで、T細胞を眠らせてしまいます。

免疫チェックポイント阻害薬は、この“ブレーキ” を外す薬です。

PD-1とPD-L1の結合を阻害することで、免疫細胞が再び活性化し、がんを攻撃できるようになります。

この仕組みはとても画期的ですが、残念ながら「全員に効くわけではない」という課題があり、その違いを明らかにする研究が世界中で進められています。

大阪大学が示した衝撃の研究― 「筋肉が少ない人」は免疫治療が効きにくい?

大阪大学の研究グループは、進行した非小細胞肺がんの患者42名を対象に、免疫チェックポイント阻害薬による治療効果と筋肉量の関係を調べました。

サルコペニアの診断方法

治療開始前のCT画像を用いて、第3腰椎の位置にある「腸腰筋」の断面積を測定し、その値を身長で調整して「腸腰筋インデックス」を算出。アジア人の基準値に照らし合わせて、サルコペニアの有無を判断しました。

結果①:半数以上がサルコペニア

患者全体の52.4%にサルコペニアが認められました。

結果②:サルコペニアがあると治療継続が困難に

サルコペニアがある患者は免疫治療の投与回数が有意に少なく、治療が途中で中止されるケースも多いという結果でした。

結果③:治療効果が大きく低下

奏効率(がんが一定以上縮小する割合)は、

  • サルコペニアあり: 9.1%
  • サルコペニアなし: 40%

と、約4分の1以下にまで低下していました。

結果④:生存期間にも明確な差

無増悪生存期間(病気が悪化しない期間)は、

  • サルコペニアあり: 2.1か月
  • サルコペニアなし: 6.8か月

約3倍の差が出ており、筋肉量が深刻な影響を及ぼすことが分かります。

この結果から、研究者たちは「サルコペニアは免疫チェックポイント阻害薬の効果を予測する重要な指標になりうる」と結論づけています。

なぜ筋肉が免疫治療の効果に影響するのか?

なぜ筋肉が免疫治療の効果に影響するのか?

筋肉は私たちの体を動かすだけでなく、重要な“免疫調節器官”でもあります。

筋肉が作り出す「マイオカイン」が免疫に影響

筋肉から分泌されるマイオカインは、

  • 炎症を抑える
  • 代謝を改善する
  • 免疫細胞の働きを整える

といった作用があります。

筋肉量が減ると、これらの働きが弱まり、免疫のバランスが崩れます。

がん患者はサルコペニアを起こしやすい

がん患者は、

  • 食欲低下
  • 慢性的な炎症
  • 体力の低下
  • 治療の副作用
    などにより筋肉が減りやすい状態にあります。

つまり、免疫治療を受ける前からサルコペニアが進行していることが多いのです。

筋肉量を維持するためにできること

治療の効果を最大限にするためにも、筋肉を保つことは非常に重要です。以下は実際に取り入れやすい方法です。

① 軽い筋トレから始める

がん患者の方でも実践しやすい運動として、

  • 椅子スクワット
  • つま先立ち・かかと上げ
  • 片足立ち
  • 軽いダンベル体操

などがあります。無理は禁物ですが、「毎日少しずつ」が大切です。

② タンパク質を意識した食事

筋肉の材料はタンパク質です。肉・魚・卵・乳製品・大豆製品をバランスよく取り入れましょう。食欲が落ちている時は、

  • ヨーグルト
  • 卵料理
  • 豆腐
  • プロテイン飲料

など、食べやすいものを選ぶのもおすすめです。

③ リハビリや専門職のサポートを受ける

理学療法士や栄養士など、専門家に相談することで、自分に合った運動や食事方法を見つけやすくなります。

まとめ

まとめ

今回の大阪大学の研究により、「筋肉量が免疫治療の効果を左右する」という重要な事実が明らかになりました。

サルコペニアがある患者は、

  • 免疫治療を十分に受けられない
  • 効果が低くなる
  • 生存期間が短くなる
    という傾向が示されています。

しかし裏を返せば、筋肉を維持することは、治療効果を高めるためにできる“自分自身の努力”のひとつとも言えます。

免疫治療を受ける予定の方、現在治療中の方、またご家族の方も、ぜひ「筋肉の重要性」を意識し、生活の中で少しずつ取り組めることから始めてみてください。