私たちは「がん」と聞くと、遺伝子の異常によって勝手に増殖する細胞…というイメージを抱きます。しかし、実はここ数年、がん研究の分野では“これまで常識では考えられなかった存在”が注目を集めています。
それは――
がんの内部に存在する「細菌(バクテリア)」です。
「細菌ががんの中にいる?」
「感染しているということ?」
そう驚かれる方もいるかもしれません。
実は、がん細胞の内部には確かに細菌が入り込み、生きたまま存在することがわかってきました。そして重要なのは、この細菌が“単なる居候ではなく、がんの性質に影響を与えている可能性が高い”という点です。
今回紹介するのは、2022年4月に世界的な科学誌 Cell に掲載され、大きな話題となった研究です。
研究の結論は非常に衝撃的なものでした。
がん細胞の内部に潜む細菌が、がんの転移を助けている。
がんの転移は、患者の予後に大きく影響します。転移を防げれば、がん治療の成功率は劇的に高まります。それだけに、今回の発見はがん研究における大きな一歩といえるでしょう。
この記事では、この最新研究の内容とその意味、そして将来的な治療への応用まで、わかりやすく丁寧に解説していきます。

研究グループが対象としたのは、乳がんのマウスモデルです。
正常な乳腺組織と乳がん組織を比較したところ…
さらに顕微鏡で詳しく観察すると、これらの細菌はがん細胞の内部(細胞質)に入り込み、生きた状態で存在していることが明らかになりました。
細菌と聞くと外からの「感染」をイメージしますが、これはその意味とは異なります。
がん細胞内部の細菌は、いわばがんと共存する「内部共生微生物」のような存在です。
ここまでは、がん内部に細菌がいることの“確認”。
そして研究の本題はここからです。
研究チームが最も注目したのは、乳がんの肺への転移でした。
乳がんは進行していくと、血流に乗って肺やリンパ節などへ転移することがあります。そこで研究者たちは、がん内部の細菌を除去したら何が起きるのかを調べるため、抗生剤を投与してがん細胞内部の細菌を減らす実験を行いました。
その結果…
つまり、細菌はがんそのものの“増殖”には大きく関与しない一方で、
がん細胞が体の別の場所へ移動し、転移する能力を高めていることが示唆されました。
これは極めて重要な発見です。

がんの転移は、以下のような厳しい過程を経て起こります。
実は、多くのがん細胞は血流の圧力でつぶされ、死滅してしまいます。
そのため、血流を生き延びる能力は、転移を成功させる上で非常に重要です。
そして今回の研究では、
細菌に感染したがん細胞は、細胞骨格が強固に再構築され、血流の圧力に耐えられるようになる
ことが明らかになりました。
細胞骨格は、細胞の「骨組み」のようなもの。
これが強くなると、がん細胞は血圧で潰れず、無事に転移先まで到達できるという仕組みです。
つまり、がん内部の細菌はまるで
「がんを守りながら、転移という長旅を成功させるためのサポーター」
のような働きをしているのです。

動物実験の結果だけでは、すぐに人間に当てはまるとは言えません。
そこで研究者たちは、実際の乳がん患者の“がん組織”と“リンパ節転移”を調べました。
その結果…
これは、
原発がん内部に存在していた細菌が、そのまま転移先までついていった
ことを示す強い証拠です。
がん細胞が移動する際、細菌も一緒に“旅”をしていたのです。
マウスの実験では、抗生剤により細菌を除去すると転移が減少しました。
この結果から想像されるのは、
ヒトのがんでも、抗生剤を用いて細菌を減らすことで転移を抑制できる可能性がある
という未来です。
もちろん、がん治療に抗生剤を使うという発想はこれまでありませんでした。
実現のためには、
などを進める必要があります。
しかし、今回の発見は非常に大きな意味を持ちます。
●転移治療の新しい道が開かれる可能性
がん患者にとって「転移」は最大の課題であり、予後を左右する重大な要因です。
もし細菌をターゲットにすることで転移を減らせるなら、がん治療の戦略は新しい段階に入ることになります。
といった未来が考えられます。
今回の研究をまとめると、
という衝撃的な事実が明らかになりました。
がんの内部に細菌がいるという発見だけでも驚きですが、
さらにその細菌が 転移というがんの核心部分に深く関わっている となれば、研究者が注目するのも当然です。
今後、この分野は急速に発展していくと考えられます。
がんと細菌――
異色の組み合わせのように見えますが、実は深くつながっていたのかもしれません。
がん治療の未来は、これからさらに大きく変わっていく可能性があります。
今後の研究に期待しつつ、最新の知見を分かりやすく伝えていきたいと思います。