近年、健康診断で「コレステロールが高い」と言われ、スタチンという薬を処方される人は珍しくありません。日本でも世界でも広く使われている薬で、心筋梗塞や脳梗塞を防ぐための「生活習慣病治療の柱」として長年の実績があります。
一方で、近年の研究から「スタチンにはがんの生存率を高める可能性があるのではないか」という報告が相次ぎ、一般の方の間でも注目が集まるようになりました。ただし、この話題は情報が錯綜しがちで、「本当にがんに効くのか」「治療薬として使えるのか」などが誤解されやすい領域でもあります。
この記事では、スタチンの本来の働き、がんとの関係に関する研究、そして現時点でどのように理解するのが適切なのかを、一般の読者の方向けにていねいに解説していきます。

まず、スタチンは 脂質異常症(高コレステロール血症) の治療薬です。日本でよく使われるものとしては、アトルバスタチン、ロスバスタチン、プラバスタチン、シンバスタチンなどがあります。
スタチンは世界的に見ても「心血管病予防のエビデンスが最もしっかりしている薬」のひとつです。
スタチンの主な作用は、肝臓でコレステロールを作る酵素(HMG-CoA還元酵素)を阻害することです。
この一連の作用によって、コレステロールが動脈壁に沈着するのを防ぎ、動脈硬化の進行を食い止めるのです。
近年では、スタチンには「抗炎症作用」や「内皮細胞(血管の内側の細胞)の機能改善作用」など、心血管病予防につながる追加的な働きもあることが知られています。これらの作用が、後述するがんとの関係にも深く関わっている可能性が指摘されています。

さて、本題である「スタチンはがんの生存率を上げるのか?」という点について、最新の研究をもとに整理してみましょう。
世界中の大規模データを使った数多くの観察研究(後ろ向きコホート・メタ解析など)では、以下のような結果が報告されています。
これらのデータを見ると、スタチンに「抗がん作用」があるように感じるのも自然です。
しかしながら、これだけで “確実に効く” と結論づけることはできません。その理由は次の章で解説します。
医学研究の中で最も信頼性が高いのが、患者さんを無作為に振り分けて薬の効果を比較する ランダム化比較試験(RCT) です。
現時点で、スタチンをがん治療目的で使った大規模RCTでは、
がんの死亡率を有意に下げたという決定的な結果は得られていません。
つまり、
という状況なのです。
観察研究の良い結果が「交絡因子(ほかの要因)」によるものかもしれない、という点が常に注意すべきポイントです。
例:スタチンを飲む人は健康診断を受けている割合が高い、他の治療にも積極的、医療リテラシーが高い…など。
スタチンは本来、脂質異常症治療薬ですが、細胞レベルでは次のような作用が知られています。
コレステロール合成の過程で作られる「イソプレノイド」と呼ばれる物質は、がん細胞の増殖に関わるタンパク質を活性化させます。
スタチンはこの経路を抑制するため、がん細胞の増殖を鈍らせる効果が理論的に考えられます。
慢性的な炎症はがんの進行に関与するとされ、スタチンの抗炎症作用が有利に働く可能性があります。
がん細胞は増えるために新しい血管を作りますが、スタチンがこの働きを抑制する可能性が指摘されています。
こうした“生物学的メカニズム”は、観察研究で良い成績が出ている理由を説明する手がかりとなります。
結論を一言でまとめると、
スタチンががんの生存率を改善する可能性はあるが、現時点では「がん治療薬」として積極的に用いる段階ではない。
というのが医学界における一般的な立場です。
つまり、現段階では「がんのためにスタチンを使う」というよりも、
“本来の目的でスタチンを使っていた人ががんになっても、続けるメリットが期待できるかもしれない”
という位置づけが最も妥当だと言えるでしょう。

研究者の間では、スタチンの抗がん作用について非常に大きな関心が寄せられています。
今後、より質の高いランダム化比較試験が進むことで、以下が明らかになる可能性があります。
もしスタチンが特定のがん種で有効であることが確定すれば、既存薬を利用する「ドラッグリポジショニング」の成功例として大きな意義を持つことになります。
スタチンはすでに安全性が確立した薬であり、もし将来、本当にがんの生存率を改善することが明らかになれば、医療にとって大きな進歩となるでしょう。今後の研究に期待が寄せられています。