うつはがんのサイン?
精神症状とがんの深い関係性について
心と体は密接につながっており、その結びつきは想像以上に強いものです。がんと精神的な症状、特に「うつ」との関係を示す研究報告は以前から存在し、近年その関連性はよりはっきりと示されつつあります。一般的に思い浮かべやすいのは、がんと診断された後にショックや不安、落ち込みが生じるケースですが、実は「がんと診断される前に」精神症状が出てくるケースも少なくありません。
本記事では、「うつはがんのサインなのか?」というテーマについて、医学的エビデンスを踏まえながら丁寧に解説していきます。
まず紹介したいのが、2016年にスウェーデンで実施された非常に大規模なコホート研究です。この研究では、30万人以上のがん患者と、300万人以上のがんのない人を比較し、がんと精神疾患の関係を検討しました。
その結果、がんと診断される約10か月前から、うつ病を含む精神疾患の診断率が徐々に増え始めることが判明しました。そして、がんが診断される直前までその割合は上昇し続けていたのです。つまり、がんが見つかるずっと前から心の不調が始まるケースが多いという、非常に興味深く、かつ重要な事実が示されました。
さらに重要なのは、こうした精神疾患の増加が 予後の悪いがん ほど顕著に見られたことです。研究では、がんの診断前にうつ病などの精神疾患を発症した人は、その後の生存期間が短い傾向にあることも示されました。
がんの種類にかかわらずこうした傾向は見られますが、特に顕著なのが 膵臓がん です。
2018年の報告によれば、膵臓がんでは実に 30〜50%の患者が、がんと診断される前の段階でうつ症状や精神的な不調を自覚していた とのことです。もちろん、全員が精神科を受診するわけではないため正確な数値は不明ですが、多くの患者が、診断以前から何らかの精神症状を感じていることは間違いありません。
また、膵臓がんではよくみられる以下の症状があります。
これらは一見すると「がんそのものが引き起こす身体症状」と思われがちですが、実は うつ病によって生じる症状と重なっている ことが少なくありません。そのため、「うつ病だと思って精神科で治療を受けていたが、後になって膵臓がんが見つかった」というケースも実際に報告されています。
では、なぜ膵臓がんでは診断前から精神症状が出やすいのでしょうか。

まだ完全に解明されたわけではありませんが、近年注目されているのが 炎症性サイトカイン の影響です。
膵臓がんの組織内では、インターロイキン-6(IL-6)やTNF-αといった炎症性サイトカインが産生され、それが血液を通じて全身へ広がります。この物質が 脳の視床下部に作用することで、食欲低下、倦怠感、うつ症状を引き起こす と考えられています。
実際、ある研究では膵臓がん患者の血液中のIL-6が高いほど、うつ症状が重い傾向が確認されました。これは、がんそのものが体だけでなく心にも影響することを示す重要な知見です。
つまり膵臓がんの場合、「がんが身体に炎症反応を引き起こし、その炎症物質が脳に影響を与えて精神症状が出てくる」というメカニズムが考えられるのです。
ここまでの研究結果から、次の2点が非常に重要になります。
① うつ症状が「がんのサイン」である可能性がある
もちろん、世の中のうつ症状の大半はがんとは無関係ですが、一定数の患者では「うつ症状が最初のサイン」となっていることは事実です。
特に以下のような場合には注意が必要です:
したがって、精神科でうつと診断された場合でも、必要に応じて体の検査を受けることが推奨されるケースがあります。特に患者本人より、周囲の家族がこうした事実を理解しておき、検査を促すことが重要です。
2つ目の重要点は、がんの治療中にうつ症状を放置してはならないということです。
うつ病を併発したがん患者では、
といった理由から、 生存率が低くなる ことが報告されています。
特に膵臓がんでは、うつ病と診断された患者は 治療を十分に受けられず、死亡リスクが約30%増加した というデータもあります。
そのため、がん治療において「メンタルのケア」は決して軽視できません。身体の治療と同じくらい、心の治療が大切なのです。

今回の内容をまとめると次の通りです。
心と体は切り離せるものではなく、どちらかに不調があればもう一方にも影響を及ぼします。「なんとなく元気が出ない」「理由はないのに落ち込む」という心の変化も、体が発している大切なサインである可能性があります。
精神症状がある場合には、決して一人で抱え込まず、専門家に相談すること。そして必要に応じて体の検査も受けることが重要です。
また、がん治療中の方にとって、専門的なメンタルケアは治療効果にも大きく影響します。心も体も総合的にサポートすることこそが、より良い治療につながるのです。