「水素ががんに効く」という話を耳にしたことがある方は少なくないかもしれません。
なかには「水素ガスでがんが消える」といったタイトルの本もあり、気になっているがん患者さん、ご家族の方もいらっしゃると思います。
水素は、体の中で悪さをする“活性酸素”を減らす働きがあると言われています。活性酸素の中でも、とくに体にダメージを与える種類を抑えることができるのではないか、と期待されてきました。また、水素ガスを使った研究では、がんを含むさまざまな病気に良い影響があるのではないか、といった動物実験の結果も報告されています。
一部の医療機関や民間クリニックでは、水素ガスの吸入を「がんの代替療法」として取り入れているところもあり、水素水が大きなブームになったこともありました。では実際に、人のがんに対して本当に効果があるのでしょうか。
本記事では、最新の研究をもとに、水素とがんの関係についてなるべくわかりやすい言葉で整理してみたいと思います。
水素が本当にがんに効くのかどうかを調べるには、実際にがん患者さんを対象にした臨床試験の結果が必要です。そこで、世界中の医学研究を検索できる「PubMed(パブメド)」というデータベースで、水素とがんに関する論文を調べてみました。
しかし、期待とは裏腹に、水素ガスや水素水をがん患者さんに使った臨床試験は非常に少なく、しっかりしたデータはほとんどありませんでした。
さらに、
「水素でがんが小さくなった」
「水素で生存期間が延びた」
といった明確な結果は、現時点では確認されていません。
つまり、現状の結論としては、
水素ががんに効くと断言できるだけの根拠は、まだ人間の研究では証明されていない
ということになります。
人間でのはっきりした効果は確認されていませんが、動物を使った研究では、いくつか興味深い報告が出ています。
そのひとつが、2012年に日本の研究チームが発表したマウスの研究です。
この研究では、脂肪肝から起こる肝炎(NASH)という状態を人工的につくったマウスに、8週間水素水を飲ませました。その結果、水素水を飲んだマウスは、飲まなかったマウスに比べて肝臓のがんが少なく、できたがんも小さかったのです。
これは、水素水が肝臓での炎症を抑え、がんになる流れを弱めている可能性を示すものと考えられています。あくまで動物実験の段階ではありますが、まったく効果がないとは言い切れない、ということを示しています。

がんそのものを小さくする効果は確認されていない一方、
「抗がん剤の副作用をやわらげる可能性」
については、少しずつ研究が出てきています。
その代表例が、2017年に発表された大腸がん患者さん144人を対象にした研究です。
この研究では、抗がん剤治療を受ける人たちを
・水素水を飲むグループ
・蒸留水を飲むグループ(プラセボ)
に分けて、治療前後にどのような変化が起きるか調べました。
すると、蒸留水を飲んでいたグループでは、治療後に肝臓の働きを示す数値が悪化していましたが、水素水を飲んだグループではその悪化が見られなかったのです。
これは、水素水が抗がん剤による肝臓への負担を軽くし、体へのダメージを減らす可能性があることを示しています。
副作用がやわらげば、治療を中断せず続けられる可能性が高まり、結果として治療の効果が良くなることも考えられます。直接がんに効くかどうかとは別に、こうした「サポート的な役割」が期待されつつあります。

最後に紹介したいのは、2019年に報告された1人の患者さんのケースです。
44歳の女性で、肺がんが見つかったときにはすでに脳にいくつもの転移がありました。抗がん剤を始めたものの、残念ながら思ったほどの効果が出ず、がんは進行してしまいました。
この患者さんは、放射線治療や脳転移の手術を希望せず、水素ガスの吸入だけを続けることを選びました。すると、4か月後にはほとんどの脳の転移が消え、1年経ってもその状態が続いていたというのです。
もちろん、これは「一人のケース」にすぎません。
ほかの治療で同じような結果が出るとは限らず、偶然の可能性も否定できません。
ただ、こうした症例が報告されたということは、今後の研究によって何か新しい発見があるかもしれない、と期待される理由にはなります。

ここまで、これまでに発表された研究をもとに、水素とがんの関係を見てきました。
現時点での結論としては、
というのが現状です。
水素に興味がある方にとっては、期待する気持ちもあると思います。しかし、現段階では「がんの治療として積極的にすすめられるレベルではない」という点は、知っておく必要があります。
今後、しっかりとした臨床試験が行われ、大規模なデータが集まれば、水素の本当の効果がもっと明確になるはずです。もし将来、その効果が確かめられれば、治療の選択肢が広がる可能性もあります。
現時点では「がんを直接治すものではないが、研究が進めば有望な可能性がある分野」と言えるでしょう。