がん「激やせ」のリスクが減る、有名な薬とは?消炎鎮痛剤(NSAID:エヌセイド)が悪液質の予防になる?

がん治療というと、抗がん剤や手術、放射線治療に目が向きがちです。しかし、実は患者さんの体調や生存期間に大きな影響を与える“重大な問題”が存在します。それが カヘキシア(悪液質) と呼ばれる状態です。

カヘキシアとは、筋肉や脂肪が急速に失われ、体重が大きく減ってしまう状態のこと。がん患者さんに多く見られ、進行してしまうと治療に耐える力が落ちてしまうため、がんの予後(見通し)に深刻な影響を与えます。

そのため、がん治療では「いかにカヘキシアを遅らせるか・防ぐか」がひとつの重要なテーマになってきています。

そんな中、最近注目されているのが、私たちにとって身近な薬――
消炎鎮痛剤(NSAIDs:エヌセイド) です。

「鎮痛剤が、がんの激やせを防ぐ?」
にわかには信じがたいかもしれませんが、実はそこには科学的な背景があります。

この記事では、最新の研究をもとに、一般の方にも理解しやすい形でその可能性を解説します。

カヘキシアとは何か?

カヘキシアとは何か?

まずはカヘキシア(悪液質)について少し詳しく説明します。

簡単に言うと、

✔ 筋肉・脂肪が急に落ちる
✔ 体重が減る
✔ 食欲が低下する
✔ 全体的に体力が奪われる

といった状態のことを指します。

特にがん患者さんでは、がんそのものが体に炎症を引き起こし、その炎症によって血液中の「炎症性サイトカイン」と呼ばれる物質が増加します。これが筋肉や脂肪を分解し、体のエネルギー代謝を大きく乱してしまうのです。

実際、臨床研究からは、カヘキシアを認めるがん患者は、そうでない患者に比べて 生存期間が短くなることが確認されています。胃がんや大腸がんなどの消化管がんでも、治療前にカヘキシアがあるかどうかが生存率に大きく関わることがわかっています。

カヘキシアと「炎症」の深い関係

カヘキシアの最大の特徴は 全身性の炎症 にあります。

がん細胞は周囲の組織と反応し合い、炎症を引き起こします。
すると、

  • IL-6
  • TNF-α
  • COX-2 由来プロスタグランジン

といった炎症物質が体内に増加します。

これらは筋肉の分解を促進し、食欲を低下させ、脂肪の燃焼を促してしまいます。つまり、炎症が強くなればなるほど、体はどんどん「やせ細ってしまう」方向へ傾いていきます。

そのため、医療現場では、

「炎症を抑えることがカヘキシア予防につながるのではないか?」

という考え方が注目され始めたのです。

そこで登場するのが NSAIDs(エヌセイド)

そこで登場するのが NSAIDs(エヌセイド)

NSAIDs とは、いわゆる「消炎鎮痛剤」です。

  • ロキソニン
  • イブプロフェン
  • ジクロフェナク
  • セレコキシブ(COX-2選択的阻害薬)

など、一般の方にも馴染みのある薬が多く含まれています。

NSAIDs は「COX」という酵素を阻害し、炎症の原因であるプロスタグランジンの産生を抑える働きがあります。そのため、痛みや炎症の治療に広く用いられています。

ここで重要なのは、
NSAIDs が“炎症そのもの”を抑える薬だという点 です。

炎症がカヘキシアの進行に関係しているなら、NSAIDs がその進行を遅らせたり、発症リスクを減らしたりする可能性は十分に考えられます。

そしてこの数年、それを裏付ける研究結果が相次いで報告されるようになってきました。

NSAIDs 服用者で「がん診断時のカヘキシアが20%以上減った― 最新研究が示す意外な事実

Frontiers in Oncology に掲載された最新の研究では、
肺がんまたは消化管がん患者 3,180人を対象に、過去の薬の内服歴が詳しく調べられました。

研究のポイントは以下の通りです。

  • がん診断前に3か月以上、毎日 NSAIDs を服用していた人を調査
  • NSAIDs の服用と、がん診断時のカヘキシアの有無を比較

その結果、

✔ NSAIDs を継続的に服用していた人は、カヘキシアの発症率が20%以上低かった

という驚くべきデータが出ました。

さらに、

✔ NSAIDs を使用していた患者は、がん診断後にカヘキシアが出現するまでの期間が長かった

という傾向も確認されています。

これは「NSAIDs によって炎症がある程度抑制され、結果としてカヘキシアの進行が遅れた可能性がある」ことを示唆しています。

海外では治験も進行中 ― MENAC試験とは?

NSAIDs のカヘキシア予防効果は、すでに臨床試験でも検証が進んでいます。

代表的なのが MENAC 試験 と呼ばれる国際的な第3相臨床試験です。

この試験では、

  • 運動療法
  • 栄養サポート
  • NSAIDs(イブプロフェン)の投与

を組み合わせ、通常ケアを受けた患者と比べて体重の変化やカヘキシアの進行に違いが出るかどうかを調べています。

つまり、NSAIDs は単独で使うというよりも、
「栄養+運動+炎症コントロール」 の総合的治療の一部として期待されているのです。

日本でも注目 ― 悪液質ハンドブックにも記載

日本がんサポーティブケア学会が発行している「がん悪液質ハンドブック」にも、
未来の治療選択肢のひとつとして NSAIDs が紹介されています。

まだ研究段階とはいえ、

「炎症を抑えることがカヘキシア対策につながるかもしれない」

という考え方は、国内外で共通して注目されているトピックなのです。

ただし、重要な注意点 ― NSAIDs は“確立した治療”ではない

ただし、重要な注意点 ― NSAIDs は“確立した治療”ではない

ここまで読むと、「じゃあ NSAIDs を飲めばカヘキシアを防げるのでは?」と思うかもしれません。しかし、ここには重要な注意点があります。

● まだ NSAIDs は“標準治療”ではない

データは増えつつあるものの、
NSAIDs がカヘキシアを予防・治療するという確実な証拠はまだ不足しています。

今後、MENAC試験などの大規模臨床試験の結果が非常に重要になります。

● 副作用のリスクもある

NSAIDs には、

  • 胃潰瘍
  • 腸の出血
  • 腎機能障害
  • 心血管系リスク増加(特に一部の薬)

といった副作用があります。

がん患者さんは体力が落ちていたり、薬を複数使用していたりすることが多いため、
メリットとデメリットを慎重に比較する必要があります。

したがって、自己判断で NSAIDs を飲むことは絶対に避けるべきです。

まとめ ― NSAIDs に秘められた可能性と今後への期待

最後にポイントをまとめます。

● カヘキシアはがん患者の生存期間に大きく影響する深刻な状態
● カヘキシアの背景には「全身性炎症」が関与している
● NSAIDs は炎症を抑える薬のため、カヘキシア予防効果が期待されている
● 最新研究では NSAIDs の服用者でカヘキシア発症率が20%以上減少
● MENAC試験など大規模研究が進行中
● ただし、現時点で NSAIDs は“確立した治療”ではない

がんによる「激やせ」は患者さんの生活の質を大きく損ねるだけでなく、治療にも大きな影響を与える深刻な問題です。

その対策として、私たちに身近な薬である NSAIDs が役立つ可能性がある――というのは非常に興味深い話です。

今後の研究でその効果が確かめられれば、
がん治療の新たな選択肢として大きな期待が寄せられるでしょう。