虫垂切除後にがんリスクが3倍に上昇?

「盲腸(虫垂炎)になったら手術で虫垂を取る」というのは、多くの人が知っている一般的な治療です。実際、虫垂切除術は世界中で最もよく行われる手術のひとつで、救急医療の現場でも日常的に行われています。

しかし近年、医学研究が進むにつれ、私たちが長年信じてきた「虫垂は取っても問題ない臓器」という認識が揺らぎ始めています。

特に注目を集めているのが、
「虫垂を切除すると大腸がんリスクが上がる可能性がある」
という研究結果です。

今回は、最新の医学研究と虫垂の新しい役割、そして虫垂切除後の健康リスクについて、わかりやすく解説します。

虫垂とはどんな臓器?役割はあるの?

虫垂とはどんな臓器?役割はあるの?

まずは虫垂(ちゅうすい)についておさらいしましょう。

虫垂とは、大腸の始まり部分である盲腸に細く突き出した袋状の器官です。長さは数センチと小さいため、長らく「退化した臓器」「取ってしまっても構わない臓器」と考えられてきました。

しかし、近年の研究により虫垂には以下のような重要な役割があることがわかってきました。

① 腸内細菌の“避難所(リザーバー)”

虫垂には善玉菌が定着しやすい構造があり、腸内環境が乱れたときに腸内細菌を補う「バックアップ装置」として働くことが示唆されています。

感染性腸炎などで腸内細菌が一気に減っても、虫垂から善玉菌が補充され、腸内環境を整えられるというのです。

② 免疫機能のサポート

虫垂の壁には大量のリンパ組織があり、免疫システムの教育や調節に関わると考えられています。特に子どもの免疫発達に重要という説があります。

③ 消化には直接は関与しない

虫垂を切除しても生活に大きな支障がないため、「絶対に必要な臓器」ではないものの、
腸内環境や免疫の維持に関わる“あると望ましい臓器” と考えられつつあります。

虫垂炎はなぜ起こる?手術が必要なケースとは

虫垂炎(盲腸)は、虫垂に炎症が生じた状態を指します。原因としては、

  • 便の塊による閉塞
  • リンパ組織の腫れ
  • 腸内細菌の侵入

などが挙げられます。

軽症の場合は抗生剤だけで治る例も増えていますが、

  • 痛みが強い
  • 炎症が広がっている
  • 虫垂が破れそう、もしくは破れた
  • 抗生剤治療で改善しない

といった場合には、やはり手術が必要です。

近年は腹腔鏡手術が普及し、より安全に虫垂切除が行えるようになっています。

虫垂切除により「さまざまな病気のリスクが上昇」?

― 2021年に発表された注目の研究

虫垂切除と健康リスクの関係を調べた大規模研究が、2021年に国際誌 International Journal of Colorectal Disease に発表されました。

研究のタイトルは
「虫垂切除術が炎症性腸疾患、感染症、大腸がんのリスク増加に与える長期的影響」

韓国の健康保険データベースを使用し、次のような大規模分析が行われました。

● 調査対象

  • 虫垂切除を受けた成人:約24万人
  • 虫垂切除を受けていない成人:約24万人
  • 最大13年間の追跡調査
  • 年齢・性別・基礎疾患をマッチングし公平に比較

● 調べた病気

  • クローン病
  • 潰瘍性大腸炎
  • 大腸がん
  • クロストリジウム・ディフィシル感染症
  • 敗血症

いずれも腸内環境や免疫と深く関連する疾患です。

気になる研究結果 ― 大腸がんリスクが約3倍に

気になる研究結果 ― 大腸がんリスクが約3倍に

解析の結果、虫垂切除を受けたグループでは以下のようにリスクが上昇していました。

  • クローン病:4.4倍
  • 潰瘍性大腸炎:1.8倍
  • C. difficile 感染:2.2倍
  • 敗血症:1.4倍
  • 大腸がん:3倍

特に衝撃的なのは、大腸がんのリスクが3倍に上昇していたという点です。

もちろん、この研究は観察研究であり、「虫垂切除が直接がんを引き起こした」と断定できるわけではありません。しかし、虫垂が腸内細菌や免疫に重要であるという近年の知見と合わせると、一定の関連性は十分に考えられます。

なぜ虫垂を切除するとリスクが上がるのか?

― 考えられるメカニズム

現時点では仮説の段階ですが、以下のようなメカニズムが推測されています。

① 善玉菌の“保管庫”がなくなる

虫垂が腸内細菌の避難所として働いているなら、切除すると腸内細菌のバランスが乱れやすくなる可能性があります。

腸内細菌の乱れ(ディスバイオシス)は、炎症性腸疾患や大腸がんのリスクを高めることが知られています。

② 免疫システムへの影響

虫垂のリンパ組織が失われることで、局所免疫が弱まり、炎症性疾患を発症しやすくなる可能性があります。

③ 長期的な腸内環境の変化

虫垂切除後は腸内細菌の多様性が低下するという報告もあり、これが慢性炎症や腫瘍形成に影響する可能性があります。

では、「虫垂を取らないほうがいい」ということ?

ここで誤解してはいけないのは、
必要な場合は、虫垂切除は命を守る治療である
という点です。

虫垂炎が悪化すると、虫垂が破れて腹膜炎を起こし、命に関わります。そうした場合は切除が最善の選択です。

ただし、近年では軽症の虫垂炎は抗生剤で治す「温存療法」も行われるようになっています。今回の研究結果も踏まえると、

・可能であれば虫垂を残す
・重症の場合や合併症が疑われる場合は迷わず手術

というバランスのとれた方針が妥当だといえます。

最終的な判断は、画像検査や症状を総合的に見たうえで外科医が行います。

過去に虫垂切除を受けた人はどうすればいい?

すでに虫垂を切除した人が心配する必要はありません。虫垂切除そのものは非常に安全で、切除したからといって必ず病気になるわけではありません。

ただし、研究結果をふまえると、

✔ 大腸がん検診を積極的に受ける

✔ 便潜血検査や大腸内視鏡検査を定期的に

といった予防が特に重要と考えられます。

検診によって早期に大腸がんを見つけることができれば、治療成績は格段に良くなります。

今後の研究に期待 ― まだ因果関係は確定していない

今後の研究に期待 ― まだ因果関係は確定していない

今回紹介した研究は非常に大規模でインパクトのある結果ですが、
「虫垂切除=大腸がんの直接原因」 と断定することはできません。

  • ライフスタイル
  • 遺伝的要因
  • もともとの腸内環境
  • 虫垂炎が起きやすい体質そのもの

など、多くの要素が関わっている可能性があります。

今後、より精密な解析や機序の解明が期待されています。

まとめ ― 虫垂は思っているより大事な臓器かもしれない

虫垂は長年「不要な臓器」と思われてきましたが、現在では

  • 腸内細菌の保管庫
  • 免疫システムの調節役

として重要な役割を担っている可能性が高いことがわかってきました。

虫垂切除後に

  • 炎症性腸疾患の発症リスク上昇
  • 大腸がんリスクが約3倍に
    という研究結果も出ており、虫垂が健康維持に深く関わっていることが示唆されます。

とはいえ、

● 重症の虫垂炎では手術が必要
軽症の場合は温存治療の選択肢も広がっている
過去に切除した人は定期的な検診が最大の予防策

という三つのポイントを押さえておけば、過度に心配する必要はありません。

医学は日々進化しています。虫垂の役割についても、これからさらに多くのことが明らかになっていくでしょう。