母指外転筋とは

親指の動きを支える重要な筋肉 ― 母指外転筋の役割と解剖をやさしく解説

手の機能を語るうえで、親指は他の指とはまったく異なる特別な存在です。物をつまむ、細かな操作を行う、道具を握るなど、日常生活の中で親指は驚くほど多くの役割を担っています。この親指の高い自由度を支えているのが、独自の骨構造と、それに合わせて配置された複数の筋肉です。今回は、その中でも 親指を外側へ開く(外転) 動作を担当する「母指外転筋」について、詳しく掘り下げてみましょう。

■ 親指はなぜ特別なのか ― 指の骨格の違い

■ 親指はなぜ特別なのか ― 指の骨格の違い

まずは親指の骨格から整理しておきましょう。

一般的に指は 4つの骨(基節骨・中節骨・末節骨・中手骨) で構成されています。しかし親指だけは構造が異なり、3つの骨しか持ちません。中節骨が存在しないため、親指はシンプルな構造でありながら、逆に動作の自由度が高まるという特徴があります。

さらに親指の付け根の関節(母指CM関節)は、他の指の関節とは違い 「鞍関節(あんかんせつ)」 と呼ばれる特殊な形をしています。この関節は馬の鞍のように凹凸が組み合わさった形をしており、これによって親指は屈曲・伸展だけでなく、外転・内転・対立(他の指に向かう動き)など、多方向への動作が可能になるのです。

■ 親指の外転とは?

外転とは、親指が手の平から外側に開いていく動きを指します。
スマートフォンを支えるとき、グラスを持つとき、ペンを握るときなど、この外転動作は意外に多くの場面で使われています。

この外転動作をつかさどる筋肉は主に2つ。

  1. 長母指外転筋(ちょうぼしがいてんきん)
  2. 短母指外転筋(たんぼしがいてんきん)

どちらも「外転」という同じ働きを持ちながら、起始や停止、動く方向が異なっているため、それぞれに特徴があります。

■ 長母指外転筋

最初に紹介するのは 長母指外転筋 です。

この筋肉は親指のすぐ近くにあるように思われがちですが、実際にはもっと腕寄り、前腕の深層に位置する筋肉です。

● 長母指外転筋はどこからどこへ付いている?

  • 起始(出発点)
    ・橈骨(とうこつ:親指側の前腕の骨)
    ・尺骨(しゃっこつ:小指側の前腕の骨)
    ・それらをつなぐ骨幹膜(こっかんまく)

前腕の2本の骨とその隙間を埋める膜から始まるため、筋腹は腕の奥深くに存在します。

  • 停止(終着点)
    ・親指の中手骨の根元部分

● 長母指外転筋の働き

長母指外転筋が縮むことで、親指の中手骨が手の平から外側へ引き出されるように動きます。
そのため、親指が大きく横方向へ広がる動作や、ものをつまむ準備の動作をするときに重要な役割を果たします。

また、この筋肉は同じく前腕から走行する「長母指伸筋」「短母指伸筋」とともに働き、親指を自在に動かす基盤をつくっています。

■ 短母指外転筋 ― 手のひら側で親指の精密動作を支える

■ 短母指外転筋 ― 手のひら側で親指の精密動作を支える

もうひとつの外転筋である 短母指外転筋 は、長母指外転筋とは異なり、手のひら側に存在します。俗に「母指球(ぼしきゅう)」と呼ばれる、親指の付け根のふくらみの中に位置している筋肉です。

● 短母指外転筋の付着部

  • 起始(出発点)
    ・手根骨(舟状骨や屈筋支帯付近)
  • 停止(終着点)
    ・親指の基節骨の根元部分

● 短母指外転筋の働き

短母指外転筋も親指を外側に開く作用を持っています。しかし、長母指外転筋よりも手のひら寄りの方向へ親指を引き上げる動きをつくるため、動く方向がやや異なります。

精密なつまみ動作、ボタンを留める、ペンを持つなど、繊細な作業に深く関わるのがこの筋肉です。母指球の筋肉が発達していることで、私たちは細かい動きができるようになっているわけです。

■ 同じ「外転」でも動く方向が異なる理由

長母指外転筋と短母指外転筋はどちらも親指を外側へ開く役割があります。しかし、付着している場所が異なるため、実際には 作用方向に微妙な違い が生まれます。

  • 長母指外転筋
    → 前腕側から斜めに引き上げるため、
      親指を大きく横に広げる、力強い動作に関与。
  • 短母指外転筋
    → 手のひら側から引き上げるため、
      より繊細で細かな外転動作を担当。

2つの筋肉が協調することで、親指は力強く・しなやかに、そして精密に動かせるようになっています。

■ 親指が“ヒトの手”をつくる

■ 親指が“ヒトの手”をつくる

人間が複雑な作業をこなしたり、道具を扱ったり、文字を書けたりするのは、親指の特別な構造と筋肉の働きがあるからです。

母指外転筋は目立たない存在ですが、

  • 親指を外へ開く
  • つまみ動作の準備
  • 手の平のアーチ構造の維持
  • 力強さと精密さの両立

など、多くの役割を担っています。

親指の筋肉を理解することは、手のリハビリ、スポーツでのパフォーマンス改善、また手の痛みの原因を探る際にも大いに役立ちます。

■ まとめ

今回紹介した内容を整理すると以下の通りです。

  • 親指は3つの骨で構成され、特殊な関節により多方向に動く
  • 親指を外に開く動き(外転)には2つの筋肉が関与
  • 長母指外転筋:前腕から親指の中手骨を引く、力強い外転
  • 短母指外転筋:母指球から基節骨を引く、繊細な外転
  • 両筋が協調することで、人間特有の高度な手の動作を実現している