手の機能を語るうえで、親指は他の指とはまったく異なる特別な存在です。物をつまむ、細かな操作を行う、道具を握るなど、日常生活の中で親指は驚くほど多くの役割を担っています。この親指の高い自由度を支えているのが、独自の骨構造と、それに合わせて配置された複数の筋肉です。今回は、その中でも 親指を外側へ開く(外転) 動作を担当する「母指外転筋」について、詳しく掘り下げてみましょう。

まずは親指の骨格から整理しておきましょう。
一般的に指は 4つの骨(基節骨・中節骨・末節骨・中手骨) で構成されています。しかし親指だけは構造が異なり、3つの骨しか持ちません。中節骨が存在しないため、親指はシンプルな構造でありながら、逆に動作の自由度が高まるという特徴があります。
さらに親指の付け根の関節(母指CM関節)は、他の指の関節とは違い 「鞍関節(あんかんせつ)」 と呼ばれる特殊な形をしています。この関節は馬の鞍のように凹凸が組み合わさった形をしており、これによって親指は屈曲・伸展だけでなく、外転・内転・対立(他の指に向かう動き)など、多方向への動作が可能になるのです。
外転とは、親指が手の平から外側に開いていく動きを指します。
スマートフォンを支えるとき、グラスを持つとき、ペンを握るときなど、この外転動作は意外に多くの場面で使われています。
この外転動作をつかさどる筋肉は主に2つ。
どちらも「外転」という同じ働きを持ちながら、起始や停止、動く方向が異なっているため、それぞれに特徴があります。
最初に紹介するのは 長母指外転筋 です。
この筋肉は親指のすぐ近くにあるように思われがちですが、実際にはもっと腕寄り、前腕の深層に位置する筋肉です。
● 長母指外転筋はどこからどこへ付いている?
前腕の2本の骨とその隙間を埋める膜から始まるため、筋腹は腕の奥深くに存在します。
● 長母指外転筋の働き
長母指外転筋が縮むことで、親指の中手骨が手の平から外側へ引き出されるように動きます。
そのため、親指が大きく横方向へ広がる動作や、ものをつまむ準備の動作をするときに重要な役割を果たします。
また、この筋肉は同じく前腕から走行する「長母指伸筋」「短母指伸筋」とともに働き、親指を自在に動かす基盤をつくっています。

もうひとつの外転筋である 短母指外転筋 は、長母指外転筋とは異なり、手のひら側に存在します。俗に「母指球(ぼしきゅう)」と呼ばれる、親指の付け根のふくらみの中に位置している筋肉です。
● 短母指外転筋の付着部
● 短母指外転筋の働き
短母指外転筋も親指を外側に開く作用を持っています。しかし、長母指外転筋よりも手のひら寄りの方向へ親指を引き上げる動きをつくるため、動く方向がやや異なります。
精密なつまみ動作、ボタンを留める、ペンを持つなど、繊細な作業に深く関わるのがこの筋肉です。母指球の筋肉が発達していることで、私たちは細かい動きができるようになっているわけです。
長母指外転筋と短母指外転筋はどちらも親指を外側へ開く役割があります。しかし、付着している場所が異なるため、実際には 作用方向に微妙な違い が生まれます。
2つの筋肉が協調することで、親指は力強く・しなやかに、そして精密に動かせるようになっています。

人間が複雑な作業をこなしたり、道具を扱ったり、文字を書けたりするのは、親指の特別な構造と筋肉の働きがあるからです。
母指外転筋は目立たない存在ですが、
など、多くの役割を担っています。
親指の筋肉を理解することは、手のリハビリ、スポーツでのパフォーマンス改善、また手の痛みの原因を探る際にも大いに役立ちます。
今回紹介した内容を整理すると以下の通りです。