すい臓がんは、早期発見が難しく、さらに治療に対して抵抗性が高いことから「治療が難しいがん」として知られています。しかし近年、ゲノム研究や分子生物学の進歩によって、すい臓がんの正体が少しずつ明らかになり、治療法も時代とともに大きく変わりつつあります。
今回は、すい臓がん研究の進歩、そして最新の治療アプローチについて解説します。

がんが発生する原因は多岐にわたります。
遺伝、加齢によるDNA複製エラー、ウイルス感染、慢性炎症、喫煙、紫外線、生活習慣、運動不足、有害物質など、さまざまな要因が最終的に「遺伝子の異常」を引き起こし、がん細胞が生まれると考えられています。
この遺伝子異常には、2つのパターンがあります。
DNAを構成するA・T・G・Cの配列そのものが変化するものです。
すい臓がんには、1つのがんで平均60個ほどの遺伝子変異があるとされ、肺がん(600個ほど)よりは少ないものの、患者ごとに変異の種類や組み合わせが非常に多様であることが特徴です。
この「多様性」が、治療の効き方や悪性度の違いにつながっています。
とくにすい臓がんでは、4つの遺伝子異常が高頻度で見られます。
こちらは塩基配列は変わらず、DNAの”読み取り方”だけが後天的に変化する現象です。
代表的なものが DNAメチル化 で、遺伝子のスイッチをON/OFFする役割を担います。
がん細胞は、この仕組みを悪用し、
重要なのは、エピゲノムの異常は可逆的(元に戻せる) という点です。
生活習慣の改善や環境因子の減少によって、エピゲノムが正常化する可能性があり、予防や進行抑制に結びつく可能性も指摘されています。

すい臓がんの組織を顕微鏡で見ると、がん細胞は全体の2〜3割しかありません。
それ以外は、間質(かんしつ) と呼ばれる、線維芽細胞や炎症細胞、細胞外マトリックスがぎっしり詰まった組織が占めています。
この間質には ヒアルロン酸が大量に蓄積 し、圧力で血管を押しつぶしたり、抗がん剤が届きにくくなる “バリア” のような働きをしてしまいます。
そこで、ヒアルロン酸を分解する酵素薬 PEGPH20 を抗がん剤と併用する臨床試験が行われました。
第2相試験では良好な成績が見られましたが、最終段階の第3相試験では効果は認められず、承認には至りませんでした。
研究者の間では
すい臓がんの間質は単純に「溶かせばよい」ものではなく、より複雑な役割を持つ
という認識が広がっており、今後の研究が待たれています。
かつては「がん種に応じた治療」が基本でしたが、近年は がんゲノム医療(個別化医療) が急速に進んでいます。
従来の考え方
現在の考え方
2019年には、がん遺伝子パネル検査が保険適用となり、56万円で300–500種類の遺伝子変異を一度に調べられるようになりました(標準治療が終了した患者に適用)。
日本では主に以下の2つが使われます:

すい臓がんは残念ながら、他がんほど“対応薬の豊富さ”がありません。しかし、特定の遺伝子異常がある場合には、有効な薬が存在します。
① NTRK融合遺伝子陽性 → エヌトレクチニブ(ロズリートレク)
② BRCA1/2 または PALB2などの変異 → PARP阻害薬(オラパリブ)
家族性膵がんの研究でも、BRCA2・PALB2・ATMなどの異常が確認され、これらはPARP阻害薬が効く可能性があると考えられています。
③ MSI-High → キイトルーダ(免疫チェックポイント阻害薬)
5. すい臓がんゲノム医療の現状と課題
海外のデータでは、
遺伝子異常に応じた治療ができた患者は、生存期間が伸びる
という結果があります。
しかし課題も多く:
その一方で、世界中で新しい遺伝子異常と対応薬の研究が進んでおり、
「すい臓がん治療が遺伝子ごとに選べる時代」
は確実に近づいています。
すい臓がんは、遺伝子変異の多様性や、間質による薬剤バリアの存在など、非常に複雑な特徴を持っています。しかし、ゲノム研究の進歩によって、がんの正体は少しずつ明らかになり、分子標的薬や免疫療法など、新たな治療の可能性も生まれています。
現時点では、すべての患者に最新治療が使えるわけではありませんが、
遺伝子パネル検査を受けることで治療の選択肢が広がる可能性がある
という点は非常に重要です。
研究は今も続いており、すい臓がん治療は確実に前進しています。