新型コロナウイルス感染症の流行が長期化し、私たちの生活は、多方面で影響を受け続けていました。感染予防や医療体制の逼迫といった問題が取り上げられてきた一方で、もうひとつ見逃すことのできない深刻な課題がありました。それは「がんの診断数の減少」です。数字だけを見ると患者が減ったように見えますが、これは決して“がんになる人が減った”という意味ではありません。むしろ過去数年の傾向から見ても、がん患者数は増加し続けており、がんそのものの発生率が下がったわけではないのです。
診断数が減少している背景には、がん検診の受診控え、医療機関への受診控え、または医療機関自身が業務縮小や検診中断を余儀なくされた時期があることなど、複合的な要因が存在します。これらの影響により、本来であれば早期に発見されていたはずのがんが見逃されてしまうケースが確実に増えているのです。

2021年8月、医学雑誌「JAMA Network Open」に、新型コロナウイルスのパンデミックががん診断に与えた影響を調べた大規模研究が発表されました。研究は、アメリカの「Quest Diagnostics」において新たにがんと診断された約80万人を対象としたものです。対象となったがんは、肺がん・食道がん・胃がん・すい臓がん・大腸がん・乳がん・子宮頸がん・前立腺がんの主要8種類。コロナ前から2020年のパンデミック期までを比較した結果、最も診断数が減少した期間は2020年3月〜5月であり、その時期には全体として最大30%もの新規診断数が減少していたことが判明しました。
そして、がんの種類別に分析すると、最も大きく診断数が減ったのは「乳がん」で、最初のパンデミック期には36%も診断数が減っていたのです。その後1年間にわたり、診断数はコロナ禍以前の水準を下回り続けました。他のがん種についても減少幅は違うものの、同じように診断の遅れが見られ、すい臓がんでは約20%の減少が確認されています。
この診断遅延の影響を示す新たな分析結果も報告されています。健康関連ニュースサイト「Health Day」によれば、乳がん検診の遅れや治療の中断が重なり、「今後、乳がんによる死亡者数が増える可能性がある」と「Journal of National Cancer Institute」が発表しています。これはアメリカのデータであり、日本にそのまま当てはまるとは限りませんが、同様の傾向があることは想像に難くありません。検診や治療の遅れは、がんの進行を許してしまうからです。

日本における状況を示す研究もあります。2021年7月に医学誌「Breast Cancer」に掲載された報告では、2020年の緊急事態宣言時に乳がん検診の受診率がどの程度低下したかが調査されました。結果として、全国で乳がん検診を予定していた1874人のうち493人、実に26.3%が検診を延期またはキャンセルしたことが明らかになりました。特に緊急事態宣言が発令されていた5都府県で延期やキャンセルが多かったことが報告されています。
年代別に見ると、30代と70代では延期やキャンセルが比較的少なかったものの、依然として多くの女性が検診の機会を失っていることに変わりはありません。理由としては個人的な事情のほか、自治体や医療機関の判断で検診が中断されたケースも少なくなかったとされています。

これらのデータから明らかなように、コロナ禍は乳がんを中心に、多くのがんが早期発見される機会を大きく奪いました。がんは早期に見つかれば治療の選択肢が広がり、生存率も大きく上昇します。しかし、検診や受診の遅れによって、潜在的にがんが存在していても診断されないまま時間が過ぎてしまう人が増えていることになります。その結果として、今後、より進行した状態でがんが見つかるケースが増え、死亡率の上昇につながる可能性が指摘されています。
まず求められるのは、がん検診の受診率をコロナ以前の水準に戻すことです。さらに、体に気になる症状がある場合には、ためらわず医療機関を受診することが大切です。特に乳がんは自己触診で気づける可能性が高いがんであり、しこりや違和感があれば、できる限り早く乳腺科の専門医に相談することが重要です。
新型コロナウイルスの影響が続く中で、見逃されている多くのがんがあるという事実は、私たちがしっかりと向き合うべき問題です。健康を守るために、ぜひ検診を受ける習慣を取り戻し、早期発見・早期治療につなげていただきたいと思います。