
――乳がん患者を対象とした研究から見えること
「がんと診断されたら、お酒はもう飲めないのでしょうか」。
外来でしばしば聞かれるこの問いには、多くの医師が「適量であれば構いませんよ」と答えます。しかし、患者さんにとっては、アルコールが転移や再発を招くのではないか、生存率を下げてしまうのではないかという不安が残るものです。
こうした疑問に、一つの指標を示してくれる研究があります。2013年に Journal of Clinical Oncology に報告された、乳がん患者22,890人を対象とした大規模研究です。研究では、がん診断後のアルコール摂取量と、その後の生存率との関係が詳しく調べられました。
アルコール摂取量は「まったく飲まない」「週1~2ドリンク」「週3~6ドリンク」「週7~9ドリンク」「週10ドリンク以上」に分類され、乳がんによる生存率、心血管疾患による生存率、さらに全生存率が比較されました。
(※1ドリンクは国によって異なりますが、米国では純アルコール14gが基準とされます。)
結果は意外なものでした。
乳がんによる生存率については、どの飲酒量のグループでも有意な差は見られなかったのです。つまり、診断後の適度な飲酒が乳がんの死亡リスクを押し上げる、という明確な証拠は得られませんでした。
一方で、注目すべき点がもう一つあります。
全く飲まないグループに比べて、中程度の飲酒をする人では、心血管疾患による死亡リスクが約半分に、すべての死因による死亡リスクも約35%低下していたのです。
もちろん、これはアメリカ人女性の乳がん患者を対象とした研究であり、日本人や他のがん種にそのまま当てはまるわけではありません。それでも、少なくとも「診断後にお酒を飲むと生存率が下がる」というエビデンスは現時点で確認されていない、という点は安心材料といえるでしょう。
医療現場では現在、がん患者であっても**“適量であれば飲んでもよい”**とされることが多くなっています。ただし、当然ながら飲み過ぎは禁物です。
コロナ禍を経て、以前より飲酒量が増えてしまったという声もよく耳にします。がん患者に限らず、健康のために「適量」を知っておくことは大切です。
一般的な目安としては――
これくらいを“一日あたりの上限”と考えるとよいでしょう。
また、2〜3日続けて飲んだら休肝日をつくる、という習慣も肝臓を守る大切な工夫です。
なお、肝臓にがんがある場合や、抗がん剤治療中の場合でも、多くのケースでは少量の飲酒が許容されることがあります。ただし、治療内容や体調によって個人差が大きいため、必ず主治医と相談することが欠かせません。

お酒は本来、人生に彩りを添えてくれるものです。しかし、量を誤れば健康を損なうことにもつながります。がんと向き合う中でも、お酒を“敵”とする必要はありませんが、“ほどほどに、上手に付き合う”姿勢が何より大切です。
お酒に飲まれるのではなく、生活を豊かにする一つの楽しみとして、賢く取り入れていきましょう。