
がんの診断を受けた瞬間、多くの患者は大きな不安に包まれます。治療はうまくいくのだろうか、これからの人生はどうなるのだろうか——頭をよぎる無数の問いに押しつぶされそうになり、深い恐怖や孤独に陥ってしまうことも少なくありません。
実際、がん患者の多くが心理的な苦痛やストレスに悩まされており、ときにその苦痛は治療そのものに悪い影響を及ぼすことが知られています。
精神的な不調が強いと、治療への意欲が低下したり日々の活動量が落ち込んだりするだけでなく、免疫機能の低下を招く可能性も指摘されています。これまで、心理的苦痛とがんの予後との関係は長らく議論されてきましたが、明確なエビデンスは十分ではありませんでした。

2017年、海外から発表された一つの研究が医療界に大きな衝撃を与えました。イギリスで行われた大規模前向きコホート研究で、1994年から2008年までに開始された16件の調査に参加した16万3,363人を対象に、心理的状態を評価するGHQ-12(一般健康質問票)というアンケートが実施されました。
平均9.5年の追跡期間で、参加者のうち4,353人ががんで亡くなりました。研究チームは年齢、性別、生活習慣、経済状態などの要因を丁寧に補正した上で、心理的苦痛の度合いとがん死亡率の関係を解析しました。
その結果、心理的苦痛の強い群(GHQ-12スコア7〜12)は、苦痛の弱い群(0〜6)と比べて、全がん死亡率が約30%も高いという事実が明らかになったのです。
さらに、がんの種類別に見ると、心理的苦痛が死亡率に大きく影響していた部位として以下が挙げられました。
これらのデータは、心理的苦痛が身体的な病状と密接に結びつき、生命予後にまで影響し得ることを示すものでした。
心理的苦痛ががんを悪化させる要因として、有力視されているメカニズムがあります。
それは、不安や恐怖によって分泌されるアドレナリンなどの自律神経系ホルモンが、がん細胞に作用して悪性度を高めるというものです。実験では、精神的ストレスががん細胞の振る舞いを変化させることが確認されており、心と身体が深く連動していることを裏付けています。
また、強い不安や抑うつ状態にある人は、どうしても活動量が低下しがちです。筋肉量の減少や体力の落ち込みは免疫力を弱め、がんへの抵抗力を奪います。
「心配しすぎない」というのは簡単なようでいて、実践するのは本当に難しいことです。しかし、がんと向き合う上で、心のケアが決して軽視できない要素であることが、科学的にも明らかになりつつあります。

心の負担を軽くする方法として、運動や瞑想(マインドフルネス瞑想)の効果が報告されています。
軽い散歩やゆっくりとした深呼吸、短時間の瞑想は、自律神経のバランスを整え、過剰なストレス反応を抑える助けになります。日々の生活の中で「少しだけ自分を労わる時間」をつくることは、心にも体にも穏やかな力をもたらします。
しかし、もしもがんに対する不安や恐怖が強すぎて日常生活に支障が出ている場合、決して一人で抱え込む必要はありません。主治医や看護師に遠慮なく相談してください。専門的なサポートを受けることは、治療の一部であり、決して弱さではありません。
がん治療は、身体だけでなく心との対話でもあります。
恐れや不安を抱えるのは自然なことですが、その心の声を丁寧に扱い、適切に支えていくことが、未来を切り開く力になります。
心の痛みに寄り添うことは、決して特別なことではありません。
しかし、それがときに、がんと向き合う力を強くし、生命を守る大切な一歩となるのです。