
新型コロナウイルス感染症が世界を覆った数年間、医療の現場には多くの混乱が生じました。なかでも深刻だったのが、がん医療における“治療開始の遅れ”です。
診断がついてもすぐに治療へ進めない——その状況は多くの患者とご家族に不安をもたらし、医療者にとっても胸を締めつけられるような日々でした。
がん専門病院でのクラスター発生により手術が一時的に全面的に停止されたこと、抗がん剤治療や放射線治療のスケジュールが後ろ倒しになったこと……がんという疾患が“時間との闘い”であるという事実を改めて突きつけられたのです。
アメリカの国民がんデータベースを用いた、360万人以上を対象とする大規模研究では、治療開始までの時間が生存率にどのような影響を与えるかが詳細に分析されました。対象となったのは、乳がん、前立腺がん、肺がん、大腸がん、腎臓がん、すい臓がんの主要ながん種です。
研究の焦点は、診断から最初の治療(手術・抗がん剤・放射線治療)までの期間と生存期間の関係にありました。
その結果、治療の遅れが生存率に影響すると明確に示されたがん種は、ステージI・IIの乳がん、肺がん、腎臓がん、すい臓がんであることがわかりました。
特に肺がん・すい臓がんはその影響が大きく、
治療開始が1週間遅れるだけで死亡リスクが1.2〜3.2%上昇。
さらに、1か月遅れると死亡リスクは約12%増加という深刻な数字が報告されています。
ステージIの肺がん・すい臓がんでは、
いずれも10%前後、生存率が低下していたのです。
これは、早期のがんであればあるほど「迅速な治療開始」が大切であることを静かに、しかし力強く示しています。
一方で、がんが必ずしも「早ければ早いほど良い」と一概には言えないという事実もあります。
たとえば、ステージIVのすい臓がんのように、進行が大きく進んだがんでは、治療開始のわずかな遅れが予後に影響しないことも報告されています。
つまり、がんの種類やステージによって“遅れの重み”は異なり、患者一人ひとりに応じた判断が求められるのです。
治療を急ぎたいのに、医療体制の制限や自身の体調など、どうしても時間が必要な場面はあります。そのような時には、「待つこと」をただの不安な時間にせず、体力と筋肉量を保つための準備期間として活用することが推奨されています。
近年注目されているのが、**プレリハビリテーション(術前リハビリ)**です。
主な内容は以下の3つです。
これは手術を受ける患者に特に有効とされ、治療後の回復を早め、合併症のリスクを下げる効果が期待されています。
治療を待つ時間を「備える時間」に変えることは、患者自身の尊厳と主体性を支える大切な姿勢なのかもしれません。

コロナ禍は、がん医療に多くの課題を投げかけました。しかし同時に、「治療のタイミング」の大切さを深く理解する契機にもなりました。
一週間、一日、時には数時間の違いが、未来を大きく左右することがあります。
だからこそ医療者は、患者一人ひとりの時間を尊重し、最善の治療の道筋をともに探し続けていく必要があります。
そして患者やご家族にとっても、自身の身体と心に向き合いながら、必要な支援を受け、最良のタイミングをつかむ手助けとなる情報を持っておくことが大切です。
あなたの大切な時間が、確かな治療へとつながりますように。
医療者と患者が手を取り合い、より良い未来を築いていけることを願ってやみません。