がん腹膜転移(腹膜播種)手術できる?すい臓がんの研究結果より

がんの腹膜転移は手術できる?最新研究から見えてきた新たな可能性

がんの腹膜転移は手術できる?最新研究から見えてきた新たな可能性

がんが進行し、ほかの部位へ広がることを「転移」と呼びます。転移にはいくつかの経路があり、その広がり方によって治療方針が大きく変わってきます。特に、お腹の中にがんが散らばる「腹膜転移(腹膜播種)」は、以前は治療が難しく、手術で取りきることが極めて困難とされてきました。しかし近年、治療法の進歩によって状況が変わりつつあります。腹膜転移があっても、治療の効果次第で手術に持ち込めるケースが報告されるようになり、長期生存の可能性が見えてきているのです。

今回は、膵臓がんにおける最新の研究結果を取り上げながら、「腹膜転移がある場合でも手術は可能なのか」というテーマについて詳しく解説します。

■ がんが腹膜に広がる3つの経路とは?

がんの転移には、大きく分けて次の3つのパターンがあります。

① リンパ行性転移(リンパ節への転移)

がん細胞がリンパの流れに乗って、周囲のリンパ節へ広がるタイプです。多くのがんでよくみられる基本的な転移様式のひとつです。

② 血行性転移(血液で運ばれる転移)

がん細胞が血液に侵入し、肝臓や肺、骨など、離れた臓器に広がるパターンです。

③ 腹膜転移・腹膜播種(お腹の中に散らばる転移)

がんが臓器の壁を突き破り、お腹の空間(腹腔)にがん細胞が落ちて広がる状態です。お腹の内側を覆う腹膜や腸管の表面に、無数の小さな病変として現れます。

この腹膜播種は、がん細胞が腹腔内に広く散らばってしまうため、「手術で完全に取り切るのは不可能」と長らく考えられてきました。そのため、腹膜播種が確認された段階で、治療の中心は手術ではなく抗がん剤による全身治療となるのが一般的だったのです。

■ 腹膜播種=手術不可だった時代から変化が

しかし最近、抗がん剤治療の進歩により、「腹膜播種があっても、治療の効果が良ければ手術ができる」というケースが徐々に増えてきています。治療によって腹膜の病変が見えなくなるほど縮小し、手術で完全切除(R0切除)が達成された例が複数報告されるようになったためです。

このように、当初は切除不能だったがんが治療により切除可能になる状況を 「コンバージョン手術」 といいます。治療方針を転換(conversion)して手術に持ち込む、という意味です。

■ 膵臓がんでの最新研究:腹膜播種でも手術可能なケースが

■ 膵臓がんでの最新研究:腹膜播種でも手術可能なケースが

2021年4月に学術誌に報告された、日本の膵臓がん患者を対象とした臨床研究では、腹膜播種を伴う患者に対し、腹腔内投与を含む治療が行われました。

● 対象

膵臓がんに腹膜播種を持つ79名。

● 行われた治療

通常の抗がん剤治療に加え、

  • 腹腔内パクリタキセル投与
  • S-1内服 または
  • ゲムシタビン+ナブパクリタキセル静脈投与
    といった組み合わせ。

腹腔内に直接抗がん剤を投与する治療は、腹膜に散らばるがん細胞へ高濃度で薬剤を届けることができる点が特徴です。

■ コンバージョン手術に至った割合は20%

治療を受けた70名のうち、16名(20%) がコンバージョン手術を行うことができました。
さらに注目すべきは、そのうち 13名(81%)でR0切除を達成 できたという点です。顕微鏡で確認してもがん細胞が残っていない状態での切除であり、治療としては最良の結果といえます。

治療が効いた患者では、腹膜に散らばっていた白い病変が検査で確認できないほどまでに縮小し、最終的な手術時には消失していたという報告もあります。

● 生存期間も大幅に延長

コンバージョン手術を受けた患者の
生存期間中央値は32.5か月(約3年)

これまで膵臓がんの腹膜播種では1年前後が平均とされていたことを考えると、大きな進歩だといえます。中には5年以上生存されている患者もおり、治療選択肢としての価値が高まっています。

■ ただし再発リスクも依然として高い

良好な結果が得られた一方で、手術後に腹膜や他部位へ再発した例も一定数存在します。報告では、手術を受けた患者の 75% に術後再発がみられたという結果でした。

つまり、コンバージョン手術で切除に成功しても、治療が完結するわけではなく、術後の継続治療や慎重な経過観察が欠かせません。

■ 他のがんでも応用広がる:胃がんやHIPECの可能性

■ 他のがんでも応用広がる:胃がんやHIPECの可能性

今回紹介したのは膵臓がんの研究ですが、腹膜播種を伴う他のがんでも状況は変わりつつあります。

● 胃がん

新しい抗がん剤治療により腹膜の病変が縮小し、手術が可能となるケースが増加しています。

● HIPEC(腹腔内温熱化学療法)

加温した抗がん剤を腹腔内に行き渡らせる治療で、一部のがんで有効性が報告されています。日本では実施できる医療機関は限られていますが、将来的には選択肢のひとつとして期待されています。

■ 「腹膜播種がある=手術できない」ではない時代へ

腹膜播種はかつて「手術不能=長期生存が難しい」とされていた段階でした。しかし、

  • 新しい抗がん剤
  • 腹腔内投与
  • HIPEC
  • コンバージョン手術の登場

といった進歩により、切除不能と判断された症例でも、条件が整えば手術に持ち込める可能性が出てきています。

もちろん、すべての患者が手術できるわけではなく、治療の効果には個人差があります。しかし、「腹膜播種があるから諦めるしかない」という時代ではなくなりつつあります。今後の臨床試験の結果により、より確実で効果的な治療法が確立され、保険適用が進めば、多くの患者に新たな希望を届けられるでしょう。

がん治療は日々進化しています。腹膜転移を伴うがんであっても、治療によって未来が開ける可能性は確実に広がってきています。