がんの診断を受けた瞬間、多くの患者さんは大きな衝撃を受け、不安や混乱の中に身を置くことになります。そして治療が進むにつれて、少しずつ症状が落ち着いたり、治療効果が見えたりすることで、心も落ち着いていくように思われがちです。しかし実際には、治療が順調であっても、不安やうつといった心の負担はなかなか消えるものではありません。「再発したらどうしよう」「この先どれくらい生きられるのだろう」「仕事や家族はどうなるのだろう」——こうした思いは、多くの患者さんに共通する悩みです。
がんと診断された人が抱える心の問題については、これまでもさまざまな報告がありましたが、「不安やうつが、どれくらいの期間続くのか」についての長期的な研究は多くありません。そんな中で、今回紹介するのは、2021年に発表された、「胃や大腸がんのサバイバーを対象に、不安とうつがどのように変化していくのか」を長期間にわたって観察した研究の報告です。

研究は中国で行われ、手術を受けた大腸がん患者302人が対象となりました。患者さんのステージは幅広く、ステージⅠが13%、Ⅱが48%、Ⅲが39%という割合でした。研究チームは、HADS(病院不安うつスケール)という国際的に使われる評価方法を用いて、手術後すぐ、そしてその後3か月ごとに、3年以上にわたって不安とうつの変化を測定しました。
このように長期間にわたって心の状態を追跡する研究は意外と少なく、患者さんの心の状態が時間とともにどう変化するのかを知る上で、とても価値の高い研究です。
結果は
一般的には、「治療が終われば気持ちも落ち着いていくのでは?」と考える人が多いと思います。しかし研究結果はその逆で、治療後長い時間が経っても心の問題が悪化していくケースが少なくないことが示されました。

研究では、「不安になりやすい人」「うつになりやすい人」には、いくつかの共通点があることも分かりました。
【不安が強くなりやすい人】
・女性である
・腫瘍の大きさが5cm以上であった
【うつが強くなりやすい人】
・女性である
・結婚していない(独身・離婚・死別)
・ステージが高い
これらはあくまで統計的な傾向であり、すべての人に当てはまるわけではありません。しかし、不安やうつが起きやすい背景には、身体的な要因だけでなく、家庭環境・人間関係・性別といった複合的な要素が関係していることが分かります。
さらに重要なこととして、「不安やうつが強いほど生存期間が短くなる」という結果が報告されました。
いずれの時点においても、不安が強い患者さんは生存期間が短く、うつが強い患者さんも同じ傾向が見られました。もちろん、心の状態だけが寿命を決めるわけではありません。しかし、精神状態が身体の状態に影響し、治療の受け方や生活習慣にも影響する可能性は十分にあります。
言い換えると、不安やうつのケアは、単なる心のサポートではなく、がん治療そのものに直結する重要な要素と言えます。

この研究から分かるのは、がんサバイバーの不安やうつは自然に消えていくわけではないということです。むしろ、時間が経つことで再発の心配が募ったり、治療が終わり医療者との関わりが減ることで、心の負担が増える場合もあります。
だからこそ、がん治療では「身体の治療だけでなく、心のケアも必要」であり、そのサポートを続けていく仕組みが求められます。
研究結果を踏まえ、不安やうつを軽くするために大切なポイントをまとめると、次の3つが挙げられます。
① 主治医との信頼関係を築く
自分の病状や治療の方向性が分からないことは、不安を生みます。
主治医としっかり話し合い、疑問を一つひとつ解消していくことは、心の安定につながります。
「気持ちのことまで医師に言っていいのだろうか?」
そう感じる患者さんは多いですが、不安な気持ちを伝えることも治療の一部です。遠慮せず、自分の思いを共有することが大切です。
② 家族や親しい人とのつながりを大切にする
研究でも明らかになったように、配偶者や家族の存在は心の安定を支える大きな要素です。
もちろん、家庭の事情は人それぞれで「どうしようもない」と感じる方もいます。しかし、相手が家族でなくても構いません。頼れる人とつながりを持つことが、不安の軽減に役立ちます。
③ 同じ経験を持つがんサバイバーとの交流
同じ病気を経験した人にしか分からない悩みがあります。
近年はネットやSNS上の患者会、サバイバー同士のコミュニティも増えており、不安な気持ちを共有できる場所が広がっています。
ただ誰かと話をするだけでも、心が軽くなる人は多いものです。
がんの治療は、身体だけでなく心にも大きな影響を与えます。治療が終わった後も、「がんと共に生きる」時間は続きます。そしてその過程で、不安やうつは自然に消えるわけではありません。長期にわたって精神的負担が続くことは、決して珍しいことではないのです。
だからこそ、がんサバイバーは一人で抱え込む必要はありません。医療者・家族・仲間——誰かと気持ちを共有し、支え合いながら歩んでいくことが大切です。心のケアは特別なものではなく、がん治療の一部として、もっと当たり前に扱われてよい問題なのです。