がん治療の研究は近年めざましい進歩を遂げていますが、その中でも特に注目されているのが「腸内細菌」と「免疫治療」の関係です。腸内細菌は、人の健康を支える“見えないパートナー”と言われるほど重要な役割を果たしており、そのバランスが崩れると、さまざまな病気の発症につながることが知られています。アレルギー、炎症性腸疾患、肥満、糖尿病、さらには自閉症などの精神疾患にいたるまで、腸内環境の乱れ(ディスバイオーシス)は多様な病態と関係しています。そして、この「がん」も例外ではありません。

遺伝子解析技術の発達により、人の体内に住む細菌を高精度に調べられるようになりました。特に、PCR技術を用いた細菌のゲノム解析によって、腸内にどんな種類の細菌が、どれほどの割合で存在しているかが短時間でわかるようになりました。
その結果、次のような事実が次々と明らかになっています。
こうした研究結果は、腸内細菌ががんの発症だけでなく、がんの治療効果にまで関与している可能性を示しています。
現在、がん治療の柱として期待されているのが、免疫の働きを活性化させる「免疫チェックポイント阻害薬」です。オプジーボやキイトルーダといった薬剤がこれに該当します。
2018年、科学誌 Science に発表された2つの論文が、この免疫治療と腸内細菌の関係に大きな衝撃を与えました。
研究でわかったことは次の3点です。
この発見により、腸内細菌が治療効果を左右していることが強く示唆され、世界中の研究者が注目する分野となりました。

この流れを受けて、「腸内細菌を移植すれば、がん治療の効果を高められるのではないか?」という考えから、臨床試験が開始されました。その結果が、2021年2月、再び Science に2つ同時に報告されています。
対象となったのは、免疫チェックポイント阻害薬が効かなくなったメラノーマ(悪性黒色腫)の患者さんです。
研究では、以下の手順で治療が行われました。
糞便移植は抵抗を感じる方も多いかもしれません。しかし、がん治療効果を高める可能性があるとなれば、医療現場としては非常に価値ある試みです。
試験結果は非常に希望のあるものでした。
もともと治療が効かなくなった患者を対象としていることを考えると、これは画期的な成果と言えます。
さらに効果が出た患者の腸内細菌を調べると、
という変化が確認されました。つまり、「良い腸内細菌」には、免疫を高める力があることが強く示されたのです。

今回はメラノーマが対象ですが、免疫チェックポイント阻害薬は肺がん、胃がん、大腸がん、膵臓がんなど、さまざまながんで使用が始まっています。そのため、
といった時代が来る可能性があります。
腸内細菌を整えることで治療効果が大きく変わる――そんな未来が現実味を帯びてきました。
腸内細菌は単なる消化を助ける存在ではなく、免疫機能やがん治療の効果にまで影響する重要な要素であることが、近年の研究で明らかになってきました。糞便移植という一見奇抜に思える治療法が、がん治療の大きな突破口になる可能性もあります。
今後の研究次第では、腸内細菌を調整する治療が、がん治療の標準的な一部となる未来がやってくるかもしれません。免疫治療と腸内細菌の関係は、がん医療を変える大きな鍵となるでしょう。