
近年、「進行した大腸がんでは、条件によっては手術を行わず、抗がん剤治療が標準になる」というニュースが報じられ、多くの患者さんやご家族の間で大きな関心を集めました。2021年にはNHKニュースでも同様の内容が取り上げられ、一部では「大腸がんが進行していても、もう手術は不要になるのか」という誤解を生む可能性も指摘されました。
しかし、この報道の背景には、日本で実施された重要な臨床試験の結果があります。今回はその試験の内容を丁寧に紐解き、報道の意図するところや臨床現場への影響を、より分かりやすくお伝えしていきたいと思います。
この研究は、Journal of Clinical Oncology(JCO)に2021年2月9日付で掲載された、日本主導の臨床試験です。試験名はJCOG1007/iPACS。対象となったのは、大腸の原発巣に進行がんがあり、同時に切除が難しい遠隔転移(ステージ4)を有するものの、原発巣からの症状がない患者さんです。
大腸がんが進行した状態で転移が切除できない場合、治療方針としては大きく二つに分かれます。
かつて効果的な抗がん剤が限られていた時代は、治療中に大腸がんが悪化して腸閉塞や出血を起こすリスクが高いため、先に原発巣を切除しておくという方針が主流でした。一方で、手術そのものにも合併症のリスクがあり、術後の回復に時間がかかるため、その間に抗がん剤治療が行えず、かえってがんの進行を早めてしまう危険性も指摘されていました。
後ろ向き研究では、「原発巣を切除した方が生存期間が延びる」という結果が示されたこともあります。しかし、信頼性の高い前向きのランダム化比較試験はこれまで存在しませんでした。そこで、この疑問に明確な答えを出すために実施されたのがiPACS試験です。
試験では、以下の条件を満たす165名の患者さんが登録されました。
患者さんはランダムに二つのグループに分けられました。
使用された抗がん剤は、
mFOLFOX6+ベバシズマブ または CapeOX(XELOX)+ベバシズマブ のいずれかです。
中央値22か月の観察期間の結果は次のとおりです。
両群で統計的に有意な差は認められませんでした。
つまり、「症状のないステージ4大腸がん患者さんにおいて、原発巣を切除しても生存期間は延びない」ということが示されたのです。
さらに重要な点として、原発巣切除群では手術の合併症や転移の急速な進行によって、術後短期間に3例の死亡が発生しました。これは、手術がかえって不利益をもたらす可能性を示唆しています。
一方、抗がん剤によって転移が小さくなり、切除可能になった患者さんの割合は、
と、むしろ抗がん剤単独群の方が高い結果となりました。
以上の結果から、症状のないステージ4大腸がんで切除不能の転移を有する場合、原発巣を手術で切除することに生存期間のメリットはないと結論づけられました。
今後はガイドラインにも反映され、こうした患者さんでは手術ではなく、抗がん剤治療を先行することが標準治療として確立していくことが予想されます。
手術を回避できれば、
といったメリットがあります。
ただし、これはあくまで「症状がない場合」に限られます。たとえば腸閉塞によって食事ができない、強い出血がある、といったケースでは、今も手術が必要になることは変わりません。

今回のiPACS試験は、日本発の臨床研究として国際的にも高く評価され、ステージ4大腸がん治療の新たな指針を示しました。今後も治療の選択肢は進歩していきますので、新しい情報が得られ次第、またお知らせしたいと思います。