
がんが進行すると、お腹の中にある腹膜という膜に、小さな粒のように広がってしまうことがあります。これを「腹膜播種(ふくまくはしゅ)」といいます。お腹のあちこちにがん細胞が散らばって付着するような状態を思い浮かべていただくと、イメージしやすいかもしれません。
腹膜播種は、がん治療の中でもとても難しいタイプです。通常の抗がん剤治療では十分な効果が出にくいことが多く、お腹に水がたまる「腹水」や、腸の通り道が細くなってしまう「腸閉塞」などが起こり、日常生活が大きく制限される原因にもなります。
特に、卵巣がん、胃がん、大腸がん、膵臓がんなどでは腹膜播種が見られることが多く、治療法が限られているのが現状です。そんな中で近年注目されているのが、手術と組み合わせて行う「腹腔内温熱化学療法(HIPEC:ハイペック)」という治療です。
今回は、このHIPECがどのような治療なのか、またどのような効果が期待されているのかについて、できるだけ分かりやすく解説します。
HIPECとは、簡単に言うと「温めた抗がん剤をお腹の中に循環させて治療する方法」です。
お腹の中にチューブを入れ、ヒーターで温めた生理食塩水に抗がん剤を混ぜて流し込み、一定時間回し続けます。ちょうど “温めた薬でお腹の中を洗う” ようなイメージです。
抗がん剤を温めることで、次のような効果が期待できます。
通常の点滴ではお腹の奥まで薬が届きにくいため、腹膜播種のようにお腹全体に散らばるタイプのがんに対しては、直接お腹の中に薬を流す方法が理にかなっていると言えます。

HIPECの効果はこれまでにもさまざまな研究で検討されていますが、その中でも特に有名なのが、2018年に世界的な医学雑誌で発表された卵巣がんの研究です。
この研究では、ステージ3の卵巣がん患者さん245人を対象に、次の2つのグループに分けて治療効果を比較しました。
参加した患者さんは、事前に点滴の抗がん剤治療を受け、がんが進行していないと判断された人たちです。
HIPECを行うグループでは、手術の際に
という方法で治療が行われました。
手術後は、両グループとも同じ抗がん剤治療を追加しています。
結果:再発までの期間も、生存期間も延長
研究の結果、次のような差が明らかになりました。
どちらも、HIPECを追加したグループの方がはっきりと良い結果が出ています。
また、副作用についても、重い副作用の割合はほぼ同じで、HIPECを加えたからといって大きな増加は見られませんでした。
この結果から、手術にHIPECを組み合わせることで、卵巣がんの腹膜播種に対して治療の効果が高まる可能性が示されたのです。

HIPECは、今回紹介した卵巣がんだけでなく、胃がんや大腸がんなどの腹膜播種に対しても効果が期待されています。すでに一部の医療機関では、研究の一環として治療が行われており、将来的には標準的な選択肢になっていく可能性があります。
ただし、現時点ではHIPECはまだ「確立された標準治療」ではありません。
といった点があり、誰でもどこでも受けられる治療ではないのが現状です。
もしHIPECを希望される場合は、HIPECを扱っている医療機関に直接問い合わせることが確実です。病院によっては相談窓口やセカンドオピニオンとして案内してくれるところもあります。
腹膜播種を伴うがんは治療が難しく、患者さんの生活に大きな負担をもたらすことがあります。その中でHIPECは、「お腹全体に広がったがん細胞に直接薬を届ける」という新しい発想の治療法として注目されています。
研究で効果が確認されている分野もあり、特に卵巣がんでは、生存期間を延ばす効果が示されています。今後さらに研究が進むことで、より多くの患者さんに希望をもたらす治療法となる可能性があります。
ただし、まだ一般的に広く行われている治療ではないため、治療を検討する際にはHIPECを実施している医療機関への相談が必要です。
腹膜播種でお悩みの方や、今後の治療について迷われている方にとって、HIPECは選択肢のひとつになるかもしれません。少しでも治療の可能性を広げるために、正しい情報を知っておくことが大切です。