
静脈穿刺(じょうみゃくせんし)は、採血や点滴ルートの確保といった医療処置の基本となる重要な技術です。新人看護師であれば練習のため互いに腕を貸し合いながら学んだ経験もあるかもしれません。日常的に行う処置だからこそ、その安全性に対する配慮は極めて重要です。
静脈穿刺の際には、通常前腕の正中皮静脈(せいちゅうひじょうみゃく)が第一選択部位とされています。この血管はまっすぐで比較的穿刺しやすいため、教科書的にも推奨されています。また、持続的な点滴を行う場合は、腕を曲げることで輸液滴下(てきか)速度が変動しにくい部位を選択する必要があります。そのため、正中皮静脈に加え、橈側皮静脈(とうそくひじょうみゃく)や場合によっては手背(しゅはい)の血管も選ばれることがあります。
しかし、血管の選択には慎重さが求められ、採血や点滴ルート確保に適さない部位、いわゆる禁忌部位も存在します。このような部位に針を刺すと、患者のQOLに影響を及ぼす深刻な問題を引き起こす可能性があります。
手首付近の血管は、駆血(くけつ)帯を巻くと比較的見つけやすい部位の一つです。そのため、特に採血が困難な患者ではこの部位を選択したくなることがあります。しかし、手首関節から12cm以内の範囲には、橈骨神経浅枝(とうこつしんけいせんし)という感覚を司る神経が皮膚近くを走行しており、この神経が損傷するリスクが非常に高いとされています。
この神経が損傷すると、手背周囲に感覚障害や強い痛みが現れる可能性があります。そのため、手首付近の血管への穿刺は原則として避けるべきです。
稀ではありますが、手首付近の血管に針を刺した際、民事裁判に発展する事例も報告されています。これは、医療従事者の不適切な穿刺によって神経損傷が生じ、患者が感覚障害を訴えたケースです。このような事態を防ぐためにも、注意が必要な部位を把握し、血管選択時に適切な判断を行うことが大切です。

静脈穿刺時、通常の針の刺入による痛みと異なり、次のような症状が現れる場合は神経損傷を疑うべきです。
強い痛みや痺れが出現した場合、すぐに処置を中断します。
患者が痛みや異常を感じていることを無視して処置を継続しないことが重要です。
神経損傷が疑われる場合、適切な治療を受けるために医師の判断を求めます。
患者には刺入部位を動かさないよう説明し、症状が改善するまで安静を指示します。
手首付近以外にも、静脈穿刺を避けるべき部位がいくつか存在します。以下に代表的な例を挙げます。
麻痺がある患者では、感覚障害が原因で薬液の漏出に気付かず、皮膚に障害を引き起こすリスクがあります。また、血管が細く穿刺が難しいことも多いため、原則として避けます。
熱傷やアトピー性皮膚炎など、皮膚トラブルがある部位は固定が難しい上に、感染のリスクが高いため穿刺を避けるべきです。
乳がん手術で腋窩(えきか)リンパ節を切除した側の腕では、リンパ液の流れが滞り、リンパ浮腫(ふしゅ)が悪化する恐れがあるため穿刺は禁忌です。
透析患者のシャント側の腕では、血管が太く目立つことがありますが、シャント機能を保護するため穿刺してはいけません。
下肢の静脈は血流が心臓に戻る速度が遅く、血栓が形成されやすいため、緊急時以外は避けるべきです。
同じ部位への繰り返しの穿刺は、血管損傷や炎症を引き起こすリスクが高まります。また、肘や膝の屈曲部は、固定が不十分になるため避けるのが原則です。
静脈穿刺は日常的に行われる医療行為ですが、侵襲的な処置であり、患者にリスクを伴うことを忘れてはなりません。看護師一人ひとりがリスクを再認識し、安全で適切な医療を提供することが求められます。