統合失調症の治療において重要なのは、「薬物療法」と「心理社会的治療」の2本柱です。これらを継続することで、個人差はあるものの「症状の安定」や「段階的な社会参加」が期待できます。しかし、これらの治療の前提には、「自分が統合失調症である」という認識、すなわち「病識」が必要不可欠です。病識がなければ、治療を受ける意義が本人にとって見出しにくくなり、治療の継続が難しくなります。一方で、統合失調症の特性上、この病識が欠けることがあり、これは臨床においても大きな課題となっています。本記事では、この「病識」と、それが欠けた場合のリスク、さらには対策について詳しく解説していきます。
統合失調症は、幻覚や妄想などの症状が特徴的な脳の病気です。症状が落ち着いた後も、薬物療法を継続しながら心理社会的治療を併用することで、安定した生活を送ることが可能になります。この過程で、「病識」は治療を続けるための大きな動機付けになります。たとえば、アレルギー性鼻炎を持っている人が、自分に鼻炎があると認識しているからこそ、薬を服用したりマスクを着用したりするのと同じように、統合失調症でも「自分にこの病気がある」と理解することが治療への意欲につながります。しかし、病識が欠けてしまうと、「自分は病気ではない」と考え、薬の服用やリハビリの必要性を感じなくなり、治療の継続が難しくなります。その結果、病状の悪化や社会的孤立を招くことがあるのです。

統合失調症では、治療を継続することが重要ですが、病識がないとそれが困難になります。病識の欠如には、以下のようなリスクが伴います。
統合失調症において病識が欠ける理由は、大きく分けて2つあります。
これは、脳の機能障害によって、実際には病気が存在しているにもかかわらず、本人がそれを認識できない状態を指します。これを「失認」と呼びます。
例えば、以下のようなケースがあります。
こうした場合、医師が「統合失調症の治療が必要です」と説明しても、患者さん自身が「自分は統合失調症ではない」と主張すると、話が平行線になってしまいます。そのため、病識を持たない患者さんには、統合失調症という病名を前面に出すのではなく、「不安を和らげるための薬」「眠りやすくする薬」などと伝え、まずは症状の軽減を優先するアプローチが有効です。
統合失調症の診断を受け入れることは、患者さんにとって大きな負担となることがあります。
これらの理由から、「自分は病気ではない」と否認してしまうことがあります。しかし、病気を受け入れることには多くのメリットがあります。
「それでも受け入れがたい」という場合は、焦らず、時間をかけてゆっくりと向き合っていくことが大切です。

過去の統合失調症の治療と比べ、現在では以下のような変化があります。
以前は、「統合失調症」と診断されるだけで強い偏見を持たれることがありました。しかし、最近ではメンタルヘルスへの理解が進み、偏見は徐々に減少しています。ただし、実際に統合失調症の方と接する中で嫌な経験をした人が、「実体験に基づく偏見」を持つケースもあります。そのため、病気を適切に管理し、周囲との関係を築くことがより重要になっています。
統合失調症の治療において、「病識」はとても重要な要素です。しかし、脳の機能や心理的な理由から病識が欠けることがあり、それが治療の継続を妨げる要因となることがあります。
適切なアプローチを通じて、病識の欠如を補い、無理なく治療を続けることが、統合失調症の安定した療養生活につながります。焦らず、一歩ずつ前に進んでいくことが大切です。