発達障害です。カモフラージュはだめですか?

今回取り上げるご質問は、「発達障害です。カモフラージュはダメですか?」というものです。この問いに対して、結論から申し上げますと、「カモフラージュは適応のために役立つ技術である一方で、そのリスクも理解した上で、適切に活用することが大切です」とお答えします。

発達障害とは

まずは「発達障害」について簡単に振り返ってみましょう。発達障害とは、生まれつきの脳機能の偏りにより、生活上さまざまな困難を感じる障害です。代表的なものとして「ASD(自閉スペクトラム症)」と「ADHD(注意欠如・多動症)」が挙げられます。

ASDは、対人関係の難しさや強いこだわりが特徴で、空気を読まないように見える言動が目立つことがあります。一方ADHDは、不注意・多動・衝動性が特徴で、忘れ物やケアレスミスが多い傾向にあります。

これらの障害は幼少期に見つかることもありますが、大人になってから気づくケースも少なくありません。また、基本的に完治するものではなく、ストレスや環境の影響により、うつ病や不安障害などの「二次障害」を併発するリスクもあるため、周囲の理解と配慮が重要です。

カモフラージュとは何か

最近、「カモフラージュ(擬態)」という言葉が発達障害の文脈でよく使われるようになりました。これは、自分の特性を周囲に悟られないように振る舞う、あるいは周囲に合わせる努力を日常的に続けることを指します。

特に女性に多く見られる傾向があり、発達障害があっても一見問題なく社会生活を送れているように見える背景には、この「カモフラージュ」があることも少なくありません。

一見、社会に適応できているように思えるかもしれませんが、これは「過剰適応」の一種ともいえ、自分を押し殺して演じ続けることで、心理的な消耗や自己否定感につながり、結果的にうつ病などの二次障害を引き起こす可能性も指摘されています。

なぜ女性にカモフラージュが多いのか?

なぜ女性にカモフラージュが多いのか?

女性の発達障害者にカモフラージュが多く見られる背景には、いくつかの理由があります。

  1. 社会適応力の高さ
     男性と比べて、対人関係のスキルを早期に学ぶ機会が多く、発達障害の特性があっても一見スムーズにコミュニケーションを取れる人が多い傾向にあります。
  2. 同調圧力の強さ
     特に思春期以降、女性同士のコミュニティでは「みんなと同じ」であることが重要視されやすく、無理にでも周囲に合わせることが求められがちです。
  3. 目立ちにくい行動特性
     男性に比べて、攻撃的な行動や過度な多動が目立ちにくいため、特性が見過ごされやすく、その分、無意識にカモフラージュを続けてしまうという側面もあります。

大人の発達障害とカモフラージュの関係

成人してから発達障害に気づいたという方の中には、実は長年にわたって「無意識のカモフラージュ」をしてきた、というケースも多く見られます。その結果、社会人になってから過剰なストレスにより適応が難しくなり、うつ病などで医療機関を受診した際に、初めて発達障害が判明するという流れも珍しくありません。

とくに「自分らしさ」を押し殺した状態が長期間続くと、本人が自身の本来の感情や欲求を見失ってしまい、深刻な自己否定感や喪失感につながることもあります。

療育とカモフラージュ

発達障害が子どものうちに見つかった場合、多くは「療育」と呼ばれる支援プログラムを受けることになります。ここでは、自己肯定感を育てることが目的とされつつも、同時に社会で適応していくためのスキルも学びます。具体的には、ソーシャルスキルトレーニング(SST)などが用いられます。

しかし、この適応スキルを学ぶ過程で、うまくいかない場合には結果として「カモフラージュ」的な行動になってしまうこともあります。このため、「技術」としてのカモフラージュと「自己否定としての偽り」の違いを明確にしておくことが大切です。

「カモフラージュはダメなことなのか?」という問いに対して

この問いに対しては、視点によって答えが変わります。

社会の視点から

「カモフラージュを強要する社会は問題である」という考え方があります。多様性を認めず、「こうあるべき」という価値観が強すぎる社会では、発達障害のある人々が自分を偽らざるを得ません。この点において、社会側の意識改革や包括的な理解が求められています。

本人の視点から

一方で、実際に社会で生きていく上で「まずは生き延びることが最優先」という現実もあります。理想としての多様性の尊重は重要ですが、学校や職場といった現実の場面では、その理想が通用しない場面も少なくありません。その中で、「自分らしさ」をむき出しにすることがリスクになり得ることも事実です。

周囲の視点から

さらに、周囲の人から見たとき、「自分らしさ」を理由に他人への配慮を欠く行動は、時に「ただの迷惑」や「暴力」と受け取られることもあります。多様性を支えるためには、他者への配慮と相互理解が前提として必要です。

現実的な答え:「ツールとしてのカモフラージュ」

現実的な答え:「ツールとしてのカモフラージュ」

では、どうすればよいのでしょうか?――ここで提案したいのが、「カモフラージュをツールとして活用する」という考え方です。

他者視点を理解しにくいという発達障害の特性に対し、意識的に努力して他者への配慮を学ぶことは、より良いコミュニケーションや適応につながります。これは決して「自分を偽ること」ではなく、「自分と相手の両方を大切にする方法」と捉えることができます。

ただし、注意すべきは「カモフラージュを生き方にしないこと」。ツールとして使うことは有効ですが、それが常に求められる状態になると、心身ともに疲弊し、自分を見失う危険性が高まります。さらに、周囲に対して過剰に合わせることによって、「都合の良い人」として搾取されるリスクもあるのです。

まとめにかえて

発達障害を抱える方にとって、カモフラージュは「生きるための知恵」である一方で、使い方を誤ると大きな負担やリスクにつながる側面もあります。

社会が多様性を受け入れる成熟した土壌を育むこと、自分自身も疲弊しない範囲で適応の技術を身につけること、そして何より「カモフラージュは道具であって、自分の本質ではない」という理解が重要です。

カモフラージュは、必要なときに必要なだけ使えばよい「技術」です。自分を守るための術であり、同時に自分らしさを奪うものではありません。ツールとしてうまく活用しながら、自己理解と他者理解を深め、よりよい人生を築いていくことが、発達障害のある方にとっての現実的で持続可能な選択肢なのではないでしょうか。