強迫性障害(OCD:Obsessive-Compulsive Disorder)は、不安や恐怖にとらわれ
その感情を打ち消すために繰り返しの思考や行動を行ってしまう精神疾患です。
日常生活に重大な支障をきたすことが多く、早期の理解と対応が求められます。
中でも「加害恐怖」と呼ばれる症状は、他人を傷つけてしまうのではないかという
強い不安に襲われる特異な症状であり、当事者の苦しみは非常に深刻です。
本記事では、加害恐怖とはどのようなものか、その特徴や原因、治療法
そして周囲のサポートの在り方について詳しく解説していきます。
加害恐怖とは、「自分が意図せずに他人を傷つけてしまうのではないか」という
強い不安や恐怖にとらわれる症状を指します。
例えば、通勤途中で「誰かを突き飛ばしてしまうかもしれない」
あるいは「車の運転中に人をはねてしまったのではないか」といった思考が繰り返し浮かびます。
これらの思考は、現実的な行動に基づくものではなく
あくまで頭の中に浮かぶ「不安な想像」に過ぎません。
しかし、本人にとっては極めて現実的で強い恐怖を伴うため
安心を得ようとして確認行為などの「強迫行為」が引き起こされます。
たとえば、何度も道を引き返して現場を確認したり
家族に「大丈夫だよね?」と繰り返し尋ねたりすることがあります。
こうした行動は一時的に安心感をもたらすものの
根本的な解決にはつながらず、症状を悪化させてしまうことが少なくありません。
加害恐怖における症状は、大きく「強迫観念」と「強迫行為」の2つに分けられます。

2.1 強迫観念
強迫観念とは、自分の意志に反して頭に浮かんでしまう嫌悪感や不安を伴う思考です。
加害恐怖においては、「誰かを傷つけてしまうかもしれない」
「自分の行動が他人に害を与えているのではないか」という内容が代表的です。
これらの観念は本人も非現実的だと理解していることが多いものの
その思考が何度も繰り返され、耐えがたい不安に発展していきます。
2.2 強迫行為
強迫行為は、不安を打ち消そうとするための行動です。
加害恐怖の代表的な強迫行為には「確認行為」があります。
具体的には、歩いた道を戻って確認する
ニュースや防犯カメラ映像を何度も見る、第三者に確認を取るといった行為が見られます。
しかし、このような行動を繰り返しても根本的な不安の解消にはつながらず
かえって強迫行為の依存が強まるという悪循環に陥ることが多くなります。
3.1 回避行動
加害恐怖の影響で、患者さんは不安を感じるような場所や状況を避けるようになります。
たとえば、人混みを避けるために外出を控えたり
車の運転をやめたりするなどの「回避行動」が見られます。
これにより日常生活が制限され
仕事や家庭生活に大きな支障をきたすケースも少なくありません。
回避行動は一見、安心を得られる対処法に思えますが
恐怖を克服する機会を失わせ、結果的に症状を長引かせてしまいます。
3.2 家族や周囲の巻き込み
加害恐怖の患者さんは、不安を軽減するために家族や友人に何度も確認を求めることがあります。
「さっき人を傷つけてないよね?」「私は何も悪いことをしてないよね?」といった
やり取りが日常的に繰り返されると、周囲の人々も疲弊し
人間関係に悪影響を及ぼすことになります。
また、家族が確認に応じ続けると、患者の強迫行為を助長し
症状の悪化を招いてしまう可能性もあります。
そのため、周囲の理解と適切な対応が求められます。
加害恐怖を引き起こす要因としては、以下の2つが代表的です。
4.1 遺伝的要因
強迫性障害は、家族内に同じような症状を持つ人がいる場合が多く
遺伝的要因が一定程度関与していると考えられています。
ただし、特定の遺伝子が直接的に加害恐怖を引き起こすという証拠はありません。
あくまで素因としての遺伝的影響があるという位置づけです。
4.2 環境的要因
過度なストレス、生活の変化、トラウマなども加害恐怖の発症に関与します。
特に、学生から社会人への移行期や、育児、転職など
人生の大きな転機に発症することが多いとされます。
また、厳しい道徳観を持った家庭環境で育った場合
「人に迷惑をかけてはいけない」「悪いことはすべきでない」という価値観が過剰に形成され
それが加害恐怖につながるケースもあると考えられています。
5. 加害恐怖の診断と他疾患との鑑別
加害恐怖の診断においては、患者本人が症状を「非現実的」と自覚しているかが
重要な判断材料になります。
多くの場合、自分の思考が現実とは異なることを理解しているものの
その不安があまりに強く、コントロールが効かない状態となっています。
また、加害恐怖が極度に進行すると、現実と妄想の区別がつかなくなることもあるため
統合失調症などの他の精神疾患との鑑別も必要です。
専門的な診察によって、的確な診断が行われることが重要です。
6. 加害恐怖の治療法
6.1 薬物療法
加害恐怖の治療には、主に抗うつ薬が使用されます。
特に、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は
強迫性障害に対する第一選択薬として広く用いられています。
症状の重さによっては通常よりも高用量が必要となることもあり
効果が現れるまでに数週間を要する場合もあります。
補助的に抗不安薬が処方されることもありますが、依存のリスクがあるため、慎重に使用されます。
6.2 精神療法(認知行動療法)
精神療法では、「暴露反応妨害法(ERP)」が有効とされています。
ERPは、不安を感じる状況にあえて直面し
その後に確認行為などの強迫行為をあえて行わないことで
徐々に不安への耐性を高めていく方法です。
この治療法は、専門の医師や心理士の指導のもとで継続的に取り組むことで、症状の改善が期待できます。

加害恐怖は、強迫性障害の中でも非常に苦しい症状のひとつであり
本人だけでなく家族や周囲の人々にも影響を及ぼすものです。
原因には遺伝的な素因と環境的な要因が複雑に絡んでおり
理解と治療には時間を要することがあります。
しかし、適切な薬物療法と精神療法を受けることで、症状の軽減や回復が十分に可能です。
また、周囲の理解とサポートが回復の大きな助けとなります。
加害恐怖に苦しむ方々が安心して治療に取り組めるよう
社会全体での理解と支援の広がりが求められます。
