どうすればいいかわかりません

はじめに

 「どうすればいいかわかりません」──これは、心療内科や精神科の診察の現場で非常によく聞かれる言葉です。人は誰しも、選択に迷い、先が見えず、どう動いていいのかわからなくなる瞬間があります。こうしたときにこそ、私たちは「どうすればよいのか」という問いの背景にある、自分の思考や感情のクセに目を向ける必要があります。

精神科医としての立場から申し上げるならば、この問いに対する答えは、「間違えてもいいから自分で決めて動くことが大切」だということです。そしてもう一つ、「多くの間違いは取り返しがつく」ということも、心に留めておいていただきたい点です。

「どうすればいいかわかりません」の裏にあるもの

「どうすればいいかわかりません」の裏にあるもの

 日々の診察の中では、「どうすればいいですか?」というご相談を多く受けます。時には、病気に直接関係しない生活の些細なことに関してまで、この問いが繰り返されることがあります。こうした問いには、「自分で判断することへの不安」や「失敗への強い恐れ」が背景にあることが多く見受けられます。

「間違えてはいけない」「正解でなければならない」といった信念が、判断を難しくしていることも少なくありません。しかし、現実には、人生の選択に100%の正解があることは稀です。重要なのは、動くこと自体に価値があるということです。

ストレスマネジメントと判断力

 ストレスマネジメントの中核には、「行動」と「問題解決」があります。この2つがうまく機能しないと、ストレスへの対処はうまくいかず、やがて精神的な不調へとつながっていきます。行動を起こせない、判断ができないという状態が長引けば、うつ病などの慢性化・再発リスクも高まるのです。では、なぜ私たちは「わからない」と感じてしまうのでしょうか?以下に、その主な要因を整理していきます。

「わからない」が増える3つの原因

1. 精神症状の影響

うつ病や統合失調症による判断力の低下

うつ病統合失調症の急性期には、判断力そのものが著しく低下することがあります。このような場合には、まずは病状の安定化が最優先です。時に入院が必要になることもありますが、安全を守るためには必要なステップです。

発達障害による冷静な判断の難しさ

発達障害特性を持つ方の場合、バランスの取れた判断が難しいことがあります。この場合、薬物療法だけでは限界があることも多いため、環境調整や反復的な実践を通して、徐々に判断力を育てていく必要があります。これは「実行と修正の繰り返し」によって得られる技術であり、特性を理解しながら無理のない範囲で取り組むことが現実的な対策です。

2. 自発性の低さ

判断の習慣が身についていない場合

自発性が育っていないと、自分で考えて決めるという行為自体に苦手意識を持つことがあります。失敗を恐れ、「自分で決めた責任を負いたくない」という心理が働くこともあるでしょう。

自己肯定感の低さが影響している場合

自己肯定感が低いと、自分の判断に自信が持てず、決断そのものを避けるようになります。こうした場合も、判断の反復練習を通じて、徐々に「できた」という体験を積み重ねていくことが有効です。

「失敗してはいけない」という思い込み

判断には必ずリスクが伴います。たとえ最善の選択をしたとしても、うまくいかないことはあります。「失敗してはいけない」という信念が強すぎると、そもそも決断すること自体が困難になります。この思い込みがどこから来たのか(家庭環境、教育、文化的背景など)を見つめ直すことも、判断力の回復には有効です。

3. 他者の目の影響

減点法の文化に縛られている

「失敗したら笑われる」「評価が下がる」といった減点主義の文化の中にいると、人は挑戦を避け、現状維持にとどまろうとします。結果として、判断する力も育ちません。こうした環境に長くいることで「学習性無力感」に陥り、「どうせやっても無駄だ」と感じてしまうことすらあります。

「他者軸」で生きている場合

自分の行動基準が常に他人にある場合、環境からの影響を強く受けることになります。特に減点法の価値観と他者軸が組み合わさると、判断や挑戦に対して大きなブレーキがかかります。環境を変えられるならそれがベストですが、難しい場合は「自分軸」にシフトしていく努力が必要です。

幼少期の経験の影響

「失敗は許されない」「正解でなければいけない」といった価値観を幼い頃から刷り込まれていると、自分で判断すること自体を避ける習慣がついてしまうことがあります。しかし、過去は変えられません。大切なのは、「これからどうするか」という視点です。

判断する力を身につけるためにできること

判断する力を身につけるためにできること

 「どうすれば判断できますか?」という問いには、「今から練習を始めることが大切です」とお答えしています。判断力は特別な才能ではなく、反復によって身につける技術の一つです。

● PDCAの実践

Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(検証)→ Act(改善)のサイクルを繰り返すことで、徐々に判断力は磨かれていきます。小さな判断・小さな挑戦から始め、失敗を恐れずに積み重ねていくことがカギです。

環境の選択とリスクの見極め

挑戦を肯定してくれる環境を見つけることも重要です。ただし、リスクの見積もりは必要です。自分一人が恥をかく程度のリスクならば積極的に挑戦すべきですが、他者を巻き込む大きなリスクがある場合には、慎重な対応が求められます。

おわりに──「人は今を生き、未来をつくる」

 「過去がこうだったから、自分には無理だ」と感じてしまうこともあるかもしれません。しかし、人は過去には戻れません。変えられるのは「今」と「これから」です。

過去の失敗や経験の影響を「消す」ことはできませんが、今の経験で「上書き」することはできます。過去に縛られるのではなく、今から少しずつ判断の練習を重ね、自分で選び取る力を育てていきましょう。

「どうすればいいかわからない」と感じたときこそ、自分の心に向き合い、小さな一歩を踏み出すタイミングです。その一歩が、未来の自分を変える第一歩になります。